◎夢の話 第984夜 叔母が中に入って来た
これは八日の午前二時に観た夢だ。
雨が激しいので、家の後ろの窓から外を見た。
この家の背後は山を切り崩した斜面で、ほんの四五メートル先に土が見えている。
後ろにいる誰かに「こんなに雨が降ったら、少し危なくないか?土砂崩れの災害があちこちで起きている」と告げた。
実際、山の斜面を濁流が音を立てて流れている。
家は山の上の方にあるから、最初に流されるのがここだ。
「ちょっと外に行って見てみよう」
誰かと一緒に外に出る。
家の外に出ると、何故か雨が止んでいた。青い空と白い雲が見える。
「ありゃりゃ。さっきまで俺は山際の家の中にいたのだが」
今いるところは海の近くで、入江の波打ち際に立つコンクリートの建物だった。
「ここ変わっているよね。ユー字形の家だもの」
俺に話し掛けて来たのは叔母だった。この場合は叔父の奥さんということだ。
すると、反対側で別の声が響いた。
「何だか。ギリシャの神殿を思い出すねえ」(パルテノン神殿のことだ。)
こちらも叔母だが、母の妹の方だった。
母と叔母たちは、よく三人で旅行に出掛けたりしていたが、母はどこにいるのだろう。
せっかくこんなきれいな場所に来ているのに。
ここでこの夢を打ち消すような音が響く。
「ダン。ダン」
これは夢ではなく、現実に玄関の扉を叩く音だった。
音がもの凄く大きい。「トントン」ではなく「ダン、ダン」だから、夢がすっかり中断された。
すかさず、「キーッ」とドアの開く音がした。
「こんにちは」と女性の声。これも明瞭だ。「気がした」という次元の大きさではない。
この声には憶えがある。母の妹の方の叔母の声だった。
ここですっかり目が覚め、起き上がる。
時計を見ると午前二時だ。十一時頃、居間に降り、スポーツニュースを観る途中で眠り込んでいたのだ。
隣の部屋に目を遣ると、息子が起きていた。息子は夜中にプログラムを組んでいる。
「おい。さっきの音を聞いたか?」
「いや何も聞こえなかったよ」
それじゃあ、俺の頭の中だけで響いた音だったらしい。時には、息子も同じ音を聞くことがある。聞いたのが俺一人なら、脳内で響いた音なのか。
「それでも、あの大きさだ。普通じゃない」
さては、叔母に何かあったか。最近、別の叔母の夢も観たが、あまり良い夢見ではない。
何かを報せる類の夢なのか。
全身が冷たくなっていたので、掛け布団を引っ張り、それを被った。
「昨日からのことを思い出してみよう」
何か意味があるのなら、必ず予兆がある。
「不審な出来事と言えば・・・」
階段の灯りが点かなかったことだ。午後八時頃、俺は部屋にいたが、階段を降りて居間に向かおうとした。だが、スイッチを入れても階段の照明が点かなかった。
そこで、居間に入ると、妻に「電球が切れたらしい。予備はあったか?」と尋ねた。
そこで、妻が階段に行き、スイッチを入れると、灯りが点いた。
「別に切れてないよ」と妻が言う。
「それならたまたま接触が悪かっただけか」
しばらく後に二階に上がろうとしたが、その時には、やはり点かなかった。
「ありゃ」と言うと、直後に妻が寝室に行くため、階段を上がって来た。
俺はそれを二階で見ていた。
結局、俺の時だけスイッチが入らぬわけだ。
「これって、不味いパターンじゃねえか」
あのでっかい声が息子に聞こえない。
自分の時だけ照明が点かない。
くるくると頭が働く。
「なるほど。あれは叔母じゃなかったのか」
幽霊が生きた者に寄り付く時には、極力自分のことを隠す。そのために、親族・知人や周囲にいる者、あるいは当人の姿を偽装することがある。抵抗なく受け入れられるためだ。
「となると、候補はあのバーサンだな」
病院で水を備えたばかりだが。
あのバーサンは死に間際で俺をガン見していた。ほぼ一日中、俺のことを見ていたのだ。
俺のベッドの向かい側にあのバーサンがいたのだが、俺が顔を上げると、必ずそのバーサンの視線と合ってしまった。
すっかり幽霊になってしまって居るなら、割合、ご供養が効くのだが、まだ死んでひと月半も経っていないから、ほとんど生きている者と変わりない。
本腰を入れて、祓いにかかる必要があるということだ。
いつも書くが、こういう時の音や声は、夢の中で聞こえるそれとはまるで違う。日常会話なら「叫び声」の大きさに近い。
常々、「恐怖心を持つな」と記すが、これは知見や経験で恐怖心を抑えるものだから、眠っている時には上手く行かない。前頭葉の働きが下がっているためだ。
もちろん、先方もそのことを知っているから、こういう状況で現れる。
深夜に扉を叩く音が響いたのは、十五年前くらいから昨年あたりまでだが、その主は既に家の中に「出入り自由」になっている。よく「カウンターの陰にいる」と記す女だ。
今度のは新手だが、最初から扉を勝手に開けて入って来ている。 水を備えたくらいでは、納得してくれぬわけだ。
ま、相手がどんな奴かが分かれば、幾らでも対処のしようはある。
ちなみに、先ほど居間から二階に上がったが、階段の灯りは無難に点いた。明るくなるまで待ったのは、でかい声に少しビビり、「暗い階段でバーサンに会うのは嫌だ」と思ったせいだ(苦笑)。
偉そうなことは言えん。
でもま、「そこにいる」というリアリティが半端ないから、一度経験すれば分かる。
誰にも死期は来るから、いつか必ず経験すると思う。