日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第770夜 父帰る

◎夢の話 第770夜 父帰る

 3日の午前6時に観た夢です。

 

 「シャアッ」という水の音が聞こえる。

 俺はその音で目を覚ました。 

 「長椅子で寝ていたのか」

 半身を起こし台所を見ると、カウンターの後ろで母が洗い物をしていた。

 「お袋。戻っていたのか」

 俺が寝ていた場所は、母が生前、よく座っていた場所だから、この席を空ける必要がある。すぐに俺は別の椅子に移った。

 「こっちで休むといいよ」

 母はその席に座り、疲れが出るとそのまま横になっていた。

 母が亡くなった後、俺は実家に帰ると、母を懐かしみ、その場所に座る。

 ま、元々、この応接セットは俺の会社で使っていたものだ。体を壊し、会社経営を続けられなくなったから事務所を閉めたのだが、その時、この応接セットを実家に送った。

 百万円もする特注品だったから、それ以後父や母はそれを使っている。

 元は俺のだし、仕事が遅くなると、時々その長椅子で寝たから、むしろ元は俺の場所だった。

 俺の声は水音に消されたのか、母には聞こえなかったらしい。母は返事をしなかった。

 

 この時、玄関の方で音が響いた。

 「ガチャガチャ」

 ドアノブを回すが、扉が開かない。そんな類の音だった。

 窓に寄ると、外は既に薄暗くなっていたが、玄関口に立つ人の姿が見えた。

 「あ。親父だ」

 父は介護施設に入っている筈だが、帰って来たのか。

 しかし、一人ではここに来られないよな。

 どうやってここまで来たのだろう。

 父は礼服を身に着けている。

 

 すると、駐車場から数人の人影が近付いて来た。

 薄暗い中、皆が黒い服を着ているから、ごく近くに来るまで、誰が来たのかが分らなかった。

 父の傍まで来て、初めてそれが叔母や従弟妹たちだと分った。

 最後に甥が現われ、玄関の鍵を開いた。

 甥も礼服を着ている。ネクタイが黒いから、誰かの葬式があったのだ。

 「今日はどうも有難うございました。中で休んでください」

 玄関の扉が開く。

 従妹が叔母に向かって話す声が聞こえて来る。

 「今日はびっくりしたね。まさか本当に※※ちゃんが起きるとは思わなかったもの」

 「でも、亡くなる前から言っていたよね。自分が死んだら、棺桶の中でゴトゴトと動いてみせるって」

 「まさか本当に動くなんてね」

 思わず、俺は眉間に皺を寄せた。

 従妹が話している「棺桶の中で動く死人(ほとけ)」とは、俺のことだったからだ。

 俺は常々、「あの世は必ずあるから、それを証明するために、棺桶の中で起き上がって見せる」と公言していたのだ。

 

 「となると、俺は死んだわけだな」 

 ここで振り返って、居間の方を向くと、母がいつもの自分の場所に座り、俺のことを見ていた。心なしか、心配そうな表情をしているように見える。

 「そっか。母はもう死んでいるのだから、俺はもう母の仲間になったわけだ」

 それで、お互いがごく普通に見えるのか。

 でも、そんな筈は無い。人は死ぬと幽霊になるが、幽霊は自意識だけの存在になるから、自分以外の幽霊や生きている人間のことを、あまりよく認識できない。ひとが普段、幽霊を認識できないのと同じように、幽霊はひとや他の幽霊のことを見聞き出来ないのだ。

 「そもそも五感を持っていないし、それを解釈する脳も無いからだ」

 

 しかしこの時、俺は自分の背後に「誰か」の気配を感じた。

 背中にぴったりくっつくように「誰か」が立っているような気がしたのだ。

 そこで俺は後ろを振り向いたが、実際にそこには「ひと」が立っていた。

 「ひと」というのは、正確な表現ではなく、「元はひとだった何か」だ。

 どう見ても「地獄の亡者」としか思えぬような異形の姿をしているから、もはや「幽霊」ですらない。

 蛇のような長い体に女の頭がついたヤツや、蜘蛛のような手足に男の顔が乗った化物が俺の後ろにはうじゃうじゃと取り巻いている。

 「うひゃひゃ。悪霊のはるか先にいるような魑魅魍魎が出て来てら」

 

 だが、俺はこいつらの顔に見覚えがあった。

 生前の俺は、神社の神殿の前で自身の姿を撮影したのだが、時々、どうにも説明のつかない「もの」が写った。妖怪としか思えぬような異形の姿にさんざ驚かされたのだが、どうやらそいつらのようだった。

 しかも、どいつもこいつも嬉しそうな顔で俺を見ている。

 明らかに俺のことを歓迎している表情だった。

 ここで俺は気が付いた。

 「幾度と無く、俺はこいつらに抱きつかれ、その都度、何か悪いことが起きるのではないかと危惧した。でも、そんなことは全然起きなかった。それどころか、ジリジリとだが、俺の死期が延びている。なるほど。こいつらは俺のことを最初から『仲間だ』と認識していたのか」

 

 生前の俺は周囲の者に「棺桶の中で動いてみせる」と伝えていたが、これは昔の説話にこんなのがあったからだ。

 武士(確か渡辺綱)が罪人の首を切ろうとしたが、その罪人が武士に言った。

 「この恨みは忘れんぞ。俺は死んだら、お前に取り憑いて、お前の血筋を絶やしてやる」

 すると、武士はその罪人に返した。

 「到底信じられんな。そんなにお前の念が強いなら、首を切り落とされた後、ほれ、そこの石に齧りついてみろ。一間あるから、とてもお前には無理だろう」

 「よし分った。見ておれ。俺は必ずその意思に齧りつく」

 武士がその罪人の首を切り落とすと、その首は宙を飛んで、見事一間離れた石に齧りついた。

 それを見た下働きたちが恐れ戦いて、武士に尋ねた。

 「これから貴方さまや我々に何か怖ろしいことが起きるのではありませぬか」

 すると武士は笑ってこう答えた。

 「あの者の念は、石に齧りつくことに向けられていたから、死してそれを達成した暁にはさぞ満足したことだろう。そして、先ほどの恨みのことはもう忘れている」

 実際、その後は何ひとつ祟りめいた出来事が起きなかった。

 

 俺が想定していたのはこれだったのだ。

 死に間際の俺が「棺桶の中で動く」と約束したのは、そのことで他のことを忘れるためだった。死ねば自分は「必ず悪霊に変じる」と思っていたから、それを防ぐ手立てのつもりだった。

 だが、実際に死んでみると、悪霊や魑魅魍魎がこうやって俺を迎え入れようとしている。

 それもその筈で、こいつらは俺は死んでも「この世に現われ、祟りを為す」ことが出来るから、それを利用しようと思っているのだった。

ここで覚醒。

 

 実際の夢は「俺はもう死んでいるのか」と気付くところまでで、その後ろは少し話を盛った。

 自分が死ぬ夢は、あらゆる夢の中で「最高の吉夢」だから、正月に観る夢としては一番の夢だろう。

 持病の休息は元日の一日だけで、その後はやはり「腹の中が煮えている」状態なのだが、気分的には悪くない。