◎夢の話 第979夜 階段を上がる足音
二日の午前二時に観た夢です。
夕食の支度をし、一休みしようと床に座ったら、そのまま寝入ってしまった。
鎮痛剤を飲んだせいだろうと思う。
これはその時に観た夢だ。
妻とは同じ部屋を使わず、俺はほとんど居間にいる。
妻は内臓の病気に加えて足が悪く、余り動けぬのだが、自身が身動きするのが難儀だから、とにかくダンナに当たるようになった。
傍にいると煩いから、妻だけを二階に置き、自分はほとんど居間で過ごしている。
この夜も、やはり居間にいたが、テレビを点けっ放しにして寝入ってしまった。
足音が聞こえる。
階段の方からだが、一段ずつ先に左足を下げ、そこに右足を揃え、また左足を出し右足を揃える。そんな歩き方だ。
俺はぼんやりした頭で「ああ。妻が下がって来る」と気付く。
「また何か文句を言いに降りて来るのだ」
「テレビの音が煩い」とか、「寝るなら灯りを消せ」とか、些細な話だ。
俺はすぐにテレビを消し、寝ているふりをした。
「カタン・ト」「カタン・ト」と左右の足を揃えながら、階段を降りる音が響く。
妻が居間に入って来た。
「貴方はいつも※※※。だから私は※※※」
よく聞き取れないが、やはり妻だった。
もはや八十台後半なので、声がしわがれている。
ここで気が付く。
「俺の妻はこんな年寄りではないな」
自分の両手に眼を遣ると、「俺」もかなりの高齢のよう。手の甲が皺だらけだ。
すると、これは・・・。
今度は妻が階段を片足ずつ上って行くのだ。
妻は俺に文句を言いたいがために、脚が悪いのに、あえて一階まで下りて来たのだった。
「カタン・ト」「カタン・ト」「カタン・ト」と階段を上る足音が響く。
ここでゆっくりと覚醒。
眼を覚ました瞬間、思わず「うわあ。しっかり寄られてら」と声に出して呟いた。
あのバーサンがすっかり私に寄り付いているわけだ。
「おい。俺はあんたのダンナじゃないよ。あんたはもう死んでいるのだから、生きている者に付きまとうのはやめてくれ」
さては、私の脚がやたら痛むのは、このバーサンのせいか。
先週、検査をしたのだが、血流にも問題なく、関節炎でもなかった。
だが、鎮痛剤を多用する程の痛みがある。
すぐに自室に入り、お焼香を始めた。
死ぬ前に執着を残したのがダンナであり、さらに最期の一日二日前に私を眼にしたから、私に寄り付いた。
だから、目覚めている時の私は、そのバーサンが目視出来ぬ状態でも、すぐにそれがいると分かる。
あの階段の音と来たら、実際に歩いているのではないかと思うほど、鮮明な音だった。
「カタン・ト」「カタン・ト」「カタン・ト」と、今も頭の中で音が響く。
たぶん、このバーサンが離れてくれるまで、数週間はかかる。
お焼香をしながら、「俺にしがみついても駄目だからね。そもそも俺はダンナじゃないからな」と声に出して言った。
恨み言を言うなら、本物のダンナのところに行くべきだろ。
これがクレーム気味の言い方だったようで、バーサンが機嫌を損ねたようだ。
ふと線香に眼を遣ると、二本とも横倒しになっていた。
こういうのは、「あの世などない」と言い張る者や、あるいは「したり顔で霊やあの世を語る」者の両方に味合わせてやりたいと思う。
お前たちがあの世の何を知っていると言うのか。
バーサンは「何故私をないがしろにした」と当事者のダンナではなく、まったく関係の無い者に恨み言を言う。それを聞いてみろ。
ああ腹が立つ。
「いずれ皆に味合わせてやるからな。俺の与える祟りは熾烈だぞ」
(この考えはアモンが吹き込むものだ。)
今の私は脚に病気は無い。足の悪かった死者を引き受けているから、脚を引きずっている。おかげで、歩く時には「カタン・ト」「カタン・ト」と一歩ずつ左右の足を揃えて歩く。