酒を飲みながら居眠りをしてしまったらしく、目が開くと私はカウンターに座っていました。
「目が醒めた?疲れてんだね~」
隣の男が声を掛けます。あれれ、この人は誰だっけ。
顔には見覚えがあるのですが、それが誰かまでは思い出せません。
「じゃあ。そろそろ行こうか」と、男が立ち上がろうとしています。
伝票を探すと、男が持っていったようで、近くにはありません。
おごられる関係なのか。
しかし、これからどこへ行こうというのだろう。
店を出ると、辺りは既に真っ暗で、大半の飲み屋も店じまいをし終わった時間のよう。
男は私の前に立ち、早足で進んで行きます。
「すぐ近くだから」
そう言う割には結構な距離を歩き、住宅街に入ります。
角を曲がると、300辰曚廟茲13階建てのマンションが見えます。
「あそこだよ。今日はオレの女のところに泊めてやるから」
男が建物を指差しました。
この辺は確か昨日も来たなあ。ここで昨夜の記憶が蘇ります。
飲み屋で知り合った女性と意気投合し、結局その女性の部屋に泊めてもらったのでした。
おまけに、それは今、男が指差した、まさにあのマンションです。
こんな偶然もあるものなのか。
建物が近づいた頃、1箇所だけ灯の点いた部屋が見えました。
1階の左から3番目の部屋です。
「あそこだよ。オレの女が支度して待ってる」
こりゃあ、まずい。
昨夜泊めてもらったのは、確かにその部屋です。
いやはや、もし顔を合わせたら、ゴタゴタになるかも。
帰ったほうが良さそうだな。
「いけね。用事を思い出した。申し訳ないですが、オレはこれから帰ります」
男は立ち止まります。
「オイオイ。今はもう4時だよ。これから何の用事があると言うんだい。遅くなったから泊めてやろうというのに」
「スマンスマン。明日の会合までに準備しなけりゃならんものを忘れていた。タクシーで帰るから、ここで」(この辺、敬語とタメ口が入り混じってます。)
男の制止を振り切り、来た道を戻りました。
気がつくと、既に翌日の夕方になってます。
私はパーティ会場の入り口に立っていました。
受付で署名をすると、横の看板には「○×年度卒業生同窓会場」と書いてありました。
しまった。一昨日からまったく同じ服を来たままだ。ヨレヨレになってらあ。
「あらあ、ゴンタさん。お久しぶり」
脇から女性が声を掛けます。
どうみても30歳代の末だなあ。ってことは、同級生のオレも40歳前後ってことなのか。
何か、面倒くさいなあ。
目立たないように、隅のほうに移動しました。
会場を見渡すと、既に50、60人はいるようです。
ありゃ。昨日の男がいる。
その男は40代の後半か、あるいは50歳くらいかと思っていたのに、私と同級生というわけか。
何か急にオヤジになったような気がします。
間もなく、男が目ざとく私を見つけ、急ぎ足で近寄ってきました。
「オイ。昨日は何だよ」と、ワインを差し出します。
あごをしゃくり、「コイツはほれ、オレの彼女。昨日はコイツのところに泊めてやろうと思ったんだよ」。
男の影から、30歳前後と思しき女性が現れ、軽く会釈をしました。
ああ、やっぱりあの女だ。
女もすぐに気づいたようで、右の眉毛が少し上に上がりました。
しかし、いざという時には女性のほうが堂に入ったもので、悠然と笑っています。
「初めまして」
もちろん、私だって気づかぬ振りです。
(しかし、同窓会に愛人連れで来るとは。)
「あら、ゴンタさん。今はどうしてるの」
後ろから声が掛かると、50代の女性。
ありゃりゃ。この女も同級生なのか。いくらなんでもおかしいぞ。
周囲を見渡すと、フロアの客全部が50歳前後に変化していました。
あわてて壁の鏡を覗き込むと、私自身も50歳は越えているようです。
う~む。
一昨日は確か20代のつもりで、昨夜は30代。今は50歳か。
わずか3日の間に、20年以上も齢を取っていました。
「いったい、オレはどうしたんだろ。これがアルツハイマーなのか」
今この瞬間、自分が誰なのかもわからない。
半べそをかきながら、その場に立ち尽くします。
ここで覚醒。