日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第73夜 坂の上の乙女

(「生活と意見」から分離独立しました。)
以下は先ほど仮眠中に見た夢です。
学部学生から大学院在学中は、生活の足しにと家庭教師をしていました。毎年3、4人ずつで7、8年間続けましたので、30人近くは教えています。
この夢はその時の記憶が基盤となっています。

「先生、今日だからね。ゼッタイだよ」
電話はミモナという女の子からで、私の教え子だ。
私が大学院の終わり頃、ミモナが高3の時に、夏冬の休みに家庭教師をした。
夏冬限定だったのは、長期休みで郷里に帰ったときということで、ミモナは田舎に住む娘だったわけである。
修士論文は郷里の社会調査を素材として書いたので、長期休みには現地に行く必要があったのだ。

私は仕事に入り、ミモナは地元の大学に。
入学した年の夏から、毎年1度ずつ、ミモナは私に会いに上京してくる。
いつも私は半日ほど東京見物や買い物に付き合う間、ミモナの身の回りの話を聞いてやっている。
サークルのこと、新しい彼氏のこと。
「年の離れた兄」のような存在とでも思っているのだろうか。

それはミモナに初めて教えた時から3回目の夏で、彼女は大学2年になっていた。
私の方は、数年間勤めたシンクタンクの研究員を辞め、自分で事業を起こそうとしていた時である。

「ああ、わかったよ。あの坂の上のバス停だね」
ミモナはもちろん東京は不案内なので、○○坂の頂上付近のバス停がいつも落ち合う場所となっていた。
約束の時刻は2時。
まだ1時間あり、ゆっくりでも間に合う。

真新しい事務所のドアを押し開け、中に入ると、すぐに事務の女性が声を掛けた。
女性は今ちょうど受話器を置いたところのよう。
「社長。K審議官から○○省に寄ってくれとの伝言があります」
弱冠28歳にして社長かあ。まだ慣れず、耳にこそばゆい。
審議官のKは、シンクタンクの在職時からあれこれ支援してくれた恩人だ。断るわけにはいくまい。

大手町の庁舎に赴くと、話の中身は「いずれ近いうちに△△省の仲間を紹介してやる」というものだった。
警備員に軽く会釈して外に出ると、既に約束の時刻まで15分。
ここから○○坂までは40分はかかる。遅刻だな。
携帯電話を掛けて見ると、電源が入っていないようでミモナには繋がらない。

坂の上のバス停で、ミモナがひさしの長い帽子を被り、座っている光景が眼に浮かぶ。
白いパラソルの下、ワンピースの鮮やかな色彩が風に揺れている。
さぞや心細いことだろう。急がねば。

タクシーを拾おうとするけれど、空車はまったく通らない。
そのうちに尿意を催してきたので、近くのホテルに入り、用を足す。
再び外へ出るけれど、やはりタクシーは見当たらない。

しょうがない。バスに乗ろう。
2本乗り換えれば、あのバス停で降りられる。おそらく1時間近く遅刻になるのだけれど。
バスに飛び乗り席につくと、もはや汗だく。
カンカンに冷房が効いていて助かった。

ところが、このバスがまったく動いてくれない。
いつにも増して、道が渋滞しているようだ。
携帯で何度か電話をするけれど、やはりミモナには繋がらない。
「往生するなあ」
脳裏にはミモナの笑顔が浮かんでは消え・・・。
「約束だからね。ゼッタイだよ、先生」
ありゃりゃ。オレって、もしかしてこの子が好きなんじゃあ。
「まさかね。教え子だし」
これは口に出して言っていた。

通路を挟んだ隣の席で、若い男女が声を上げた。
「あっ。○○坂で大事故だってよ」
若い男の声に、隣の女が応じる。
「えっ、何ナニ?」
「37台が衝突炎上だってさ。タンクローリーが爆発したらしいよ。それで通行止めになりここまで渋滞してるんだよ」

慌てて携帯でニュースを検索した。
画面に映ったのは、ぐちゃぐちゃに重なり、燃えている車の群れだった。
ミモナ!

遠く画像の奥を覗いてみると、頂上付近は黒い煙で覆われていた。
目を凝らすと、一瞬、車の側に白いパラソルが落ちているのが見えたような気がした。
すぐに運転手に言いつけ、バスから下ろしてもらい、道をひたすら走った。

頼むから生きていてくれよ。
時折、走りながら電話を掛けてみるけれど、やはりミモナには繋がらない。
路面がふにゃふにゃと撓んで、行く手を阻もうとしているようだ。

遠くにようやく煙が見えてきた。
火はまだ燃え盛っている。

ここで覚醒。