日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第74夜 岬にて

私がいるのは岬の先にあるコーヒーショップのテラス。
目の前には木の白いテーブルと、白いコーヒーカップがあります。
頭上のパラソルが風ではためき、ブルブルと音を立てています。

ガラス窓に映る私はおそらく60歳代で、黒い服、黒いネクタイ。
伴侶と死に別れ、斎場からお骨を持ち帰る途中です。
妻が「セレモニーは何もしないで」と言い残したので、それに従ったのです。

妻の死は突然で、倒れてから亡くなるまでがほんの数日でした。
私のほうが重病で、余命数ヶ月を宣告されたばかり。
まさか妻が先に逝くとは、想像もしませんでした。

膵臓も肝臓も病魔に犯されているので、本来動けない状態なのですが、痛み止めの麻薬をふんだんに処方してもらいここまで来たのです。
この岬は死者の通り道で、亡くなった人たちが岬の先に進んで行き、あの世に向かいます。
生きている人なら、岬の先を一歩出てしまえば、崖下に真っ逆さまになるところですが、死者たちは落ちずにそのまま進んでいくのです。

たそがれ時が近づき、夕陽が水平線に落ちて行きます。
空と海の境目は一時真っ赤になりましたが、次第にそれも小さくなってます。
私のいるテラスもだいぶ暗くなってきました。

突然、テーブルの両脇を人が通り過ぎるのを感じます。
ひとり。またひとり。
次々と歩き去っていくようです。
何列でしょうか。それぞれの列に何十人、何百人が続きます。
ああ、本当だ。ここからあの世へ渡るのか。
この場所はそういうところなのか。

歩み去る人の背中をじっと眺めていると、見覚えのある背中が見えました。
間違いようもありません。
それは紛れもなく、長年連れ添った妻でした。
「おおい」
もう何十年も名前を呼んだことがなかったな。
「おおい。キョウコ」
声がかすれ、よく出ません。
何度か呼び掛けると、ようやく妻は立ち止まり、振り返りました。
私の顔をじっと眺め、首を傾げています。
ああ、生きていた時の記憶が薄れて行きつつあるんだな。

「キョウコ。さよなら」
右手を上げ、軽く振ってみました。
妻はハッした表情で、私と同じように手を上げ、ヒラヒラと振って見せました。

その時、太陽が完全に落ち、辺りは真っ暗に。
死出の旅に進む人たちの列はまったく見えなくなりました。

あと少し。
間もなく、私もあちら側に行くことでしょう。
潮風が静かに頬を撫でています。

ここで覚醒。