◎岬の展望食堂
これも実際に体験した怖い話です。
息子が1歳になるかならないかの時に、妻と息子の3人で海に出掛けました。
小学生の娘たちは爺婆の家で宿題です。
海岸を南下してM市まで行き、そこから別のM市に帰るというドライブコースです。
昼前にほぼ半ばまで来たのですが、生憎の曇り空で、午後には雨が降って来そうな気配でした。
「昼飯でも食べよう」
すると、すぐに岬が現れ、食堂が見えて来ました。
岬の先端に作られた展望食堂でした(和食なのでレストランではない)。
外側は海で、見晴らしの良いつくりになっています。
駐車場に車を停め、入り口に向かいました。
昼飯時ですが、他に客は来ていない模様です。
玄関の前に立つと、息子がぐずり始めました。
「うええ」
すぐに、泣き叫びます。それも「身をよじる」という表現がピッタリなくらい体を震わせて泣くのです。
「どうしたんだろ」
「ミルクをあげれば泣き止むかも」
店の中に入ると、やはり客はいません。
店は複数階の構造になっており、2階か3階まであるのですが、そこに向かう階段には段ボールが山積みでした。
上のホールはまったく使われていないのです。
「どうやら、あんまりお客さんが来ない店のようだよな」
昼飯時でも客が入らないのは、普通は「不味い」という意味です。
ま、仕方ない。
窓際の見晴らしの良い席に座りました。
窓は全面ガラス張りで、水平線が見えます。
座って、息子にミルクを与えたのですが、まったく飲もうとせず、ただひたすら泣いています。
「何だろ。おもらしじゃないよな」
息子のお尻に触りますが、別段変化はありません。
「なんで泣くんだろ」
他に客がいれば、迷惑を気にする必要がありますが、他に客はいません。
「ま、さっさとご飯を食べて先に進もう」
すぐに出て来そうな海鮮丼とウニご飯を注文しました。
「じゃあ、トイレに行って来る」
妻に息子を渡し、トイレに行きます。
何だか薄暗いトイレで気味が悪い感じです。
トイレの近くに、個室があったので、ちらっと覗いて見たのですが、やはりがらんとした感じで、どこか薄気味悪い。
「何でだろ」
席に戻ると、やはり息子が泣き叫んでいました。
「私が抱いているから、お父さんが先に食べて」
そこで、そそくさと海鮮丼を食べます。
美味くもなく不味くも無い、変な味でした。
私が食べ終わると、次は妻の番です。
息子を受け取って、あやします。
息子は泣き止むどころか、さらに叫んでいます。
仕方なく、息子を抱いて店の中を歩くことにしました。
すると、横の方に出入り口があり、岬に出られるようになっていました。
海を見せれば、泣き止むかも。
ドアを開けて外に出たのですが、しかし、息子はいよいよ泣き叫びます。
「ダメだこりゃ」
席に戻ると、妻はやはり気もそぞろだったようで、半分しか食べていませんでした。
「早く出発した方が良いみたいだな」
雨が間近に迫っているようで、外は薄暗くなっています。
稲光が光り始めました。
「わー。わー」
息子が体をよじって叫び続けます。
「ダメだ。もう出よう」
私がそう言うのと同時に、びかっと稲光が光り、窓の外が明るくなりました。
その瞬間、私はガラス窓の外に、鈴生りになっている沢山の人の顔を見たのです。
釣り人の帽子を被った男や中年の女の顔が、数十人もガラスに貼り付いていました。
「ひゃあ」
大慌てて、出口に向かいます。
そそくさとお金を払うと、店を出て車に向かいました
すぐに車を発進させます。
「何だよ。海を見る食堂じゃなくて、幽霊を見るところだよ」
間近で見た沢山の人の顔が甦ります。
「あー気持ち悪い。あれが気のせいなら本当に良いのにな」
この後のことが、今も思い出す度に本当に恐ろしいです。
すかさず私の頭の中に声が響きました。
「気のせいではないぞよ。今、その証を立てよう」
「ないぞよ」という古い言い回しです。中高年の女の声でした。
声がするのとほとんど同時に、対向車線に犬が飛び出して、大型トラックに撥ねられました。
犬の体はこちら側の道路に飛んできて、ごろんと横たわります。
危うく、我々の車のフロントにぶつかりそうな間合いです。
「うひゃあ」
急ブレーキをかけて止まりました。
道の上で、犬はひくひくと断末魔の痙攣をしています。
大型犬で狩猟用の赤い犬でした。
犬を迂回して、その場を離れたのですが、その時に考えたのは、今のこの事態が、この場所に由来するものなのか、それとも、この私(か家族)に関わることなのか、ということです。
前者のように、悪縁がこの地のものなら、比較的簡単に祓うことが出来ますが、後者なら、この後も時々現れるということを意味します。
結論はまだ出ていません。
妻はある地方の旅館に友だちと泊まった時に、「夜中に女の幽霊が現れて、怖ろしい思いをした」ことがあるようです。
その時に、その幽霊は「自分は津波にさらわれて死んだ者だ」と語ったとか。
まだ日本語も出来ず、どこに何があるかも分からない頃の話で、そこがF県で、かなり前に地震・津波で人が多くの方が亡くなったことなど知りようがありません。
その時にも、「朝、外に出ようとしたら、玄関の前で犬が血だらけになって死んでいた」と聞きます。
それとどこか似たものを感じます。