◎覚悟する
外出して用事を済ませ、いざ帰宅する段になったら、突然、手指の先が痺れ始めた。
身体的に「痺れ」を起こす理由は無く、ただ普通に運転していただけだ。
「こりゃ脳梗塞では」
次に「ろれつが回らなくなる」みたいな症状が出れば疑いないし、そこから40分以内に治療しないと、まあお陀仏になる。
「年齢的に、何時そういう事態になってもおかしくないよな」
これは持病があるとか無いとか、体の他の箇所の状態などとは関係ない。
コンビニがあったので、すぐにそこの駐車場に入り、様子を見た。
「出血が深刻な場所だったら、十分も掛からずに次ぎの症状が始まる」
スマホを脇に置いて、先に進んだ場合、どうするかを思案した。
「救急車を自分で呼ぶ」のか、「自分で救急病院に向かう」のか、といった選択だ。
しかし、電話が掛けられなくなるかもしれんし、運転している最中に意識を失い、他の車や人にぶつかったら迷惑を掛ける。
結論は「すぐにコンビニの店員に言い付け、救急車を呼んで貰う」だった。
段取りが決まると、あとは待つだけ。
単なる毛細血管の破裂なら、十分くらいで元に戻る。
そうでないなら、神頼みだな。;
と、ここまで来て、パッと閃く。
「あ。これこそ、ツケを払って貰うべき時だ」
そこで、先日来、色んなところで拾い、助けたつもりの幽霊の顔を思い浮かべた。
「おい。俺は常々、『この世もあの世もタダのものは無い』と言っているだろ。今がお代を払うべき時だ。酷い脳梗塞になるのを止めろよな。それで貸しはチャラだ」
ま、ジタバタしてもしょうがないから、幾度も祈念した。
十分後、ようやく指先の痺れが治まって来た。
「おお。さすが頼むべきは神さま仏さま幽霊さまだな」
治してくれたか。
なあんてことを考えるヤツはいない。
酷くならなかったのは、毛細血管の先が破裂しただけで、重要な血管ではなかっただけだ、ということだ。
「この世」では、基本的に物理的なルールに従うから、「祈祷によって病気を治す」なんてことはたまにしか起きないし、期待しても始まらない。
何も選択肢が無いか、手を尽くした後の話になる。
この辺を間違えると、新興宗教や偽者の霊能者、呪い師の路線に入ってしまう。
生きている限り、人事を尽くすのが当たり前だ。
そして、「思い描いた通りにはならない」というのが、「この世」の掟だ。
ま、ろれつがまわらなくなったりせず助かった。
でも、いざと言う時の段取りを「きちんと書面に書いておくべきだ」と改めて思った。
普段から「生き死に」のことを考えているが、自分の死後の手配、葬式の段取りなどは、息子に指示していない。考えたくないからだが、すぐ目の前に来ているわけだから、それくらいはやっておく必要がありそうだ。