日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎お不動さまには行き着けず(参拝438日目)

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参拝438日目

◎お不動さまには行き着けず(参拝438日目)

 今週末には台風が関東を直撃する見込みだ。

 前回は房総で多大な被害が出たから、今度は東京や埼玉の番かもしれん。

 ひとまず用意するに越したことはないから、ビニールシートを買いに行った。

 道具屋に行くと、さすが前回の台風が教訓になったのか、厚手のシートで手頃な値段のは1個しか残っていなかった。ま、水やロープを含め、家には予備が1セットあるから、とりあえず2セット目を押さえておけば、半壊くらいまでは対応できる。

 あと1セット押さえて置けば、隣の家の分も分けられるかも。

 

 そこから、3キロくらい先のお不動さまに行くつもりだったのだが、街中のお寺で、道路がかなり変わっていた。一方通行ばかりになっていて、どうやって入ったらよいか分からない。

 そこは我が家の車はかなりの「バーサン」なので、カーナビが対応出来ないのだ。

 「年寄りは道に迷うからなあ」

 そう呟いた後に、慌てて打ち消した。

「スマンスマン。けしてお前のことを責めているわけじゃあないよ。俺はもうお前と添い遂げることにしたから、お前のエンジンがぶっ壊れるまで乗り続ける」

 何だか、ちょっとエッチな言い方になったが、実際、壊れるまで買い換えるつもりが無くなった。

 

 お寺に行けなくなったので、結局、いつもの神社に参拝することにした。

 この日でちょうど438回目の参拝になる。

 郷里には姫神山に6千回も登頂祈願をした人がいるから、回数こそ少ないが、当方は「死に掛け」同然だから、意義はあると思う。ま、回数の多寡は関係なく、このカウントが増えることは、当方が「生き続けている」という意味だ。

 

 まだ正午を回ったばかりで、昼夜の「あの世タイム」ではないが、少しく「あの世の住人」が姿を見せた。

 当方を見ていないから、自己都合で現われた者たちだ。

 主役は「誰の眼にも分かりよい男性」で、これに取り憑いている者がベロベロと付きまとっている。

 顔の表情から、男性は生きている人間ではないと思うが、仮にこれが実在の人なら、この後は悲惨な末路が待っている。

 本人が苦しんでおり、「助けて欲しい」と思っているから、神社に来ている。

 死んだ後も参拝しているわけだが、自分がしでかした後始末は、死んだからといって解放されるわけではなく、その後も続く。

 この世のツケを死後に持ち越すと、かなり長い時間苦しむことになるから、悪行をしてはならない。この場合の「悪行」は、この世での「法に触れること」とは違うから、「何をしてはいけないか」を学ぶ必要がある。

 

 帰路に、某産直で食事をしようと思ったのだが、水曜は休みだった。

 仕方なく、日帰り温泉の玄関前で撮影したが、まだきれいな状態だった。

 ひとつ二つが当方を見ていただけだった。

 

 自分に関わろうとしていない場合は、いくらそこに幽霊がいても、自然の景色と同じことだ。「自分なりに、こだわりを消す道を探すと良いよ」と言い残して、その場を後にした。