◎夢の話 第778夜 寮
19日の午前3時に見た夢です。
我に返ると、三階建てのビルの玄関先に立っていた。
何故か自転車を押しているのだが、そのまま中に入って行こうとしている模様だ。
夜中で、周囲は真っ暗。建物の中にも灯りが点っておらず、恐らく廃屋だろう。
「こんな廃ビルに何の用事があるのだろう。薄気味悪いよな」
大体、何故自転車を押しているんだ?
でも何となく思い出した。
「俺はここに何かを忘れて来たのだ。ここは昔、俺が暮したことのある寮だものな」
俺は18歳の時に、1年ほどこの寮で暮したことがある。
郊外にあるS線の「Y」という駅を下り、十分ほど歩くとこの寮があった
後で分かったことだが、ここは経営が破綻したお寺から土地の権利を得て、小山を崩して建てられた寮だった。その小山は元々、墓地で、寮は墓(お骨)を移転して、そこに建てられたものだった。
深夜、施錠の後に、屋台のラーメンを食べに外に出る時があったが、非常口を開けて出ると、外はすぐに墓地だった。
非常口近くの部屋のヤツは、窓から出入りしていたが、墓の縁石に足をかけて上り下りしていたほどだ。
この寮では、本当に酷い目に遭った。
世間でよく語られる「怪談」のような経験を、寮生の多くが経験していたのだ。
俺自身も、窓の外に「誰か」に立たれたことがある。
二畳の広さも無い部屋には、備え付けのベッドと机があるだけだったが、そのベッドに横になっていたら、擦りガラスの外に「誰か」が立ったのだ。
部屋の灯りが顔に当たり、その「誰か」の顔がうっすら見える。
俺はそれを見た瞬間に戦慄した。
俺の部屋は2階だが、坂の半ばにあったから、地面からかなり高い位置にある。普通の平地なら3階の高さだ。
そして、その部屋の窓には桟が無く、窓のすぐ外はストンと落ちる。すなわち、人が足で立てるスペースが無いのだった。
もちろん、「生きている人なら」ということだ。
その「誰か」はブツブツと何か恨み言のようなことを呟いた。声の感じからして男だったと思う。
「コイツは到底、生身の人間じゃない」
俺はそう確信して逃げ出そうとするのだが、体が硬直してまったく動かない。
その俺を見下ろしながら、男は例えようも無い長い時間、ぶつぶつと呟いた。
「俺はどうして※※※したんだろ」
「何でこうなったのだろ」
果てしなく長く感じたのだが、しかし、ある一瞬になり、体が動くようになった。
そこで俺は四つん這いに這って、ドアのところまで行き、部屋を出たのだった。
夕方の5時頃の話で、部屋の外ではまだ皆が廊下を歩いていた。
同じ経験をした寮生が十五人はいたと思うが、うち一人はドア側に「誰か」に立たれたようだ。
そいつは、3階の自分の部屋の窓ガラスから出て、隣の部屋のガラスを蹴破って中に飛び込んで来た。
その時、俺はたまたまその隣の部屋を訪れていた時だったから、その現場を見ている。
窓から飛び込んで来た男は、よほど恐ろしかったのだろう、ガタガタと震え、小便を漏らしていた。
普通の者なら、「夢でも観たのか」と笑うところだが、寮生は誰も笑わなかった。
同じ目に遭った者があちこちにいたからだ。
「あれから何十年経つんだろ。もうこの建物も無くなっている筈なのだが」
俺たちがその寮の初年度の寮生で、その十数年後には経営者が替わり、専門学校の寮になったらしい。しかし、その後、程なく取り壊されたと聞いている。
何年か前に、Y駅を降り、寮の跡地を見に行ったのだが、寮があった辺りには大きなマンションが建ち、墓地のあった小山も無くなっていた。
あのまま、ご供養もせずにその地を使っていたなら、同じことが起きただろうし、今もそのマンションで起きているだろうと思う。
「その寮を、何故俺は訪れているのか。何を忘れたというのか」
しかし、そのまま俺は自転車を引いて入って行く。
ここで自転車の理由が分かった。自転車は前にライトが付いているから、引いて歩けば、先が見える。
「廃屋を恐れるのは、半ば本能的なものだ。人の心の奥底には、かつて建物のここそこに敵が隠れていて、争いになった経験が染み付いているから、ここは危険だと本能が叫ぶのだ」
今の俺は幽霊など怖く無いのだが、廃屋に入るのはやはり気が進まない。
人類に染み付いた「共有の記憶」のようなものがシグナルを出すわけだ。
「ま、仕方ないや。それが何かは忘れたが、取って来よう」
自転車のまま中に入り、上がり端を踏み越えた。
すると、何故か建物の照明がパッと点いた。
昔と同じ明るさだった。
すぐに足音が響き、男子学生がぞろぞろと出て来る。
皆、食堂に向かおうとしているのだ。
学生たちの顔ぶれを見ると、いずれもどこかで見たことのある顔をしている。
「なるほど。あの時の寮生たちだな」
今はオヤジジイになっている筈なのだが・・・。
しかも、大体はまだ生きている筈なのに。
でも、その答はすぐに分かった。
「こいつらは念だ。念だけの存在だ。あの時に3百人が同じように悩み苦しんだから、それが念となって残っているのだ」
こいつは、本人が生きていなくては現われない。
何せ、ひと言で言えば「生霊」ということだもの。
自転車を引くオヤジがここに立っているのに、学生たちはそれにまったく気付かぬ様子で、廊下を行き来している。
「俺のことは見えないのだな」
学生たちはひとの執着心で出来ているから、自分以外のものが目に入らない。
この寮の建物自体が、そういう「念」によってかたち作られたものなのだ。
俺はそのまま自転車を押して廊下を進む。
遠く長い廊下には、十数人の学生が見えている。
しかし、奥の方には、そんな学生たちに混じり、別の者も混じっていた。
多くは年寄りだが、若い者もいるようだ。
墓地が壊され、行き場が無くなった者たちだろう。
「なあるほど。忘れ物とはこれか。俺はもうあのひとたちをここから連れ出すことが出来るようになっているのだ」
何せ、今の俺は「お不動さま」の精神を実践する者の仲間になっているから、ここに固まっている者を連れ出すのも「務めのひとつ」だった。
俺は納得して、廊下の奥に進んで行く。
ここで覚醒。