◎ 6/256 真夏の怖い話(3)
すべて実話なので、この手の話が苦手な人は読まない方が無難です。
18歳の時に1年の間、寮で暮らしました。
東京西部のある街に寮が新設され、私たちがその寮の1回生でした。
厳しい寮で、訪問客は入り口までしか入れないし、夜は8時に帰っていないとシャットアウト。8時以降は部屋間の行き来も禁止です。
他の寮生の部屋で話をしていると、舎監がそれを盗聴して、「こらあ」と怒鳴り込んで来ます。このため、夜はいたって静かでした。
入った当初から、その寮では不審事が起きました。
深夜に人の声が聞こえるのです。
しかし、それも寮内で話が出来ないため、寮生が屋上に上がり、雑談をしていたことが分かりました。たぶん、酒も飲んでいた。
現場を舎監に押さえられた寮生は、親を呼ばれ、こっぴどく詰問された模様です。
これで一件落着。のはずでした。
ところが、その後程なく、またぶつぶつと話が聞こえ始めました。
今度は独り言のような呟きです。
何かを嘆くような、恨むような口調でした。
「また屋上で酒を飲んでいやがるな。どやされるのに懲りないことだ」
そう思います。
今度の犯人が見つかる前に、「ある事件」が起きました。
寮生の1人が自殺をしたのです。
遺書もあり、「蓄膿症で勉強に集中できない」等の悩みが書いてありました。
その後も変なことが起きます。
夜中に「わああ」という寮生の叫び声が響きました。
十日か2週間に1回くらいの割合です。
何が起きたのかは分かりません。
7月になり、その理由が分かりました。
夕方7時頃に、ある寮生の部屋を訪れた時のことです。
突然、「ぎゃあ」と言う叫び声が響きました。
すぐ後に、その寮生の部屋の窓ガラスがバリンと壊され、窓の外から別の寮生が飛び込んで来ました。
隣の部屋の寮生が窓をけ破って逃げ込んで来たのです。
「どうしたんだよ」
「あわわわ」
その寮生は言葉を発することが出来ませんでした。
パジャマの下がぐっしょりと濡れています。
小便を漏らしていたのです。
顔は真っ青。
「大丈夫か。夢でも観たのか」
それでも返事をすることが出来ない状態でした。
その時何が起きたかは、数日後に分かりました。
その寮生が体験したのと、たぶん同じことを私も体験したからです。
私がベッドに横になっていると、頭の上の方、窓の外から声が聞こえて来ました。
「オレはだなあ・・・」
「何でこうなったんだよ」
「そんなつもりじゃなかったのに」
一瞬、「ああ。また屋上で飲んでやがんな」と思います。
声を気にせず、考え事をしていると、その声がどんどん大きくなって来ました。
仕方ねえな。すっかり酔っぱらってら。
そこで、何気なく窓の方に目を向けると、なんと、窓の外に人が立っていました。
擦りガラスでしたが、シルエットで分かります。
窓の上の方に、うっすらと顔が見えています。
「うわ。こりゃ幽霊じゃねえか」
絶対に気のせいとか勘違いではありません。
何故なら、私の部屋は2階で、窓の外は山を崩して作った斜面なので、3階くらいの高さがあります。
そして、その窓には桟がなく、立っていられる足場が存在しないのです。
その瞬間、私の体が固まり、動かなくなりました。
金縛りというヤツですが、普通のと違うのは、寝ている状態や半覚醒状態でそれが起きたのではなく、眼を覚ましている時にそうなったのです。
それから、十分くらいその男(声が男でした)の恨み言を聞かされました。
さすがに、何時間もそうやっているように、長く感じました。
廊下を歩く寮生の声が聞こえると、シルエットも声を消えたのですが、私はすっかり腰を抜かしていたため、ドアまで這って行きました。
窓をけ破った寮生の時には、たぶん、ドアのほうに「それ」が立ったのだと思います。逃げ場がないので、窓の外から隣の部屋に逃れたということです。
「それ」は姿や声以外にも、頭の中に暗い気持ちを吹き込んで来るようで、頻繁にマイナス思考に陥りました。
自殺した寮生も、たぶん、そんな風に「死にたい」という考えを吹き込まれたのではないかと思います。
私はそれ以降、夜は一切寝ずに、机に座って回りが明るくなってから眠るようにしました。
しばらく後で分かったことですが、その寮は山を崩して作った建物ですが、その山は全体が墓地だった模様です。宗教法人がパンクして土地が不動産業者に渡り、そこが開発したのではないかと思います。
墓地の改修や移築には、ご供養が必要ですが、それもろくろくやっていなかったのではないでしょうか。
表題の6/256は、寮生が256人暮らす寮の中で、「それ」をはっきり経験したと確認出来る寮生の数です。
実際にはこれより多い筈ですが、全員には訊いていません。
同じ時期、同じ場所で、同じものを、別々に見ているので、実際に何かがあったことは確かです。
さて、本題はこれから。
そんなお化け屋敷でも、親に負担を掛けて入った寮なので、そうそう「出たい」とは言えません。我慢して、そこに居続けることになります。
その後は、耐え切れずに少し精神状態おかしくなってしまう者と、乗り越えてしまう者の2つに分かれます。
前者は、鬱憤のはけ口を求め、寮の壁をボコボコに壊してしまいました。
後者は、私のように、なるべく危険な時間帯、夜中の8時頃から2時を勉強や他のことに集中するようにしました。
大半の寮生は、異変に気づかなかったようで、門限の後に、非常口から外に出て、A街道まで歩き、屋台のラーメンを食べていました。
非常口から道に出るには、山の半分に残った墓地を通って行く必要があります(しかも、どれかに足を掛けて下りると楽に行ける)。
本当に怖い話はここです。
A街道には、百辰らいの間隔を開けて、ラーメン屋の屋台が2つ出ていました。
憶えている人もあると思いますが、その2つの屋台のうち、片方が「手首ラーメン」事件の屋台です。
殺人を犯して、相手の手首を切り、それをラーメンのスープに入れていたという事件でした。
西寄りの方には、私も食べに行っていましたので、その事件が報道された時には、さすがに戦慄を覚えました。
恐る恐る新聞を調べたのですが、少し離れた方だったようです。
(たぶんきっとそう。絶対にそうであってくれ、と願います。)
「異変(霊現象)は人を選んで起きる」と思うのは、偶然、高校の同期が2人その寮にいたのに、その2人は「あれ」に遭遇していないことです。
寮生が窓をけ破って逃げて来た出来事の時も、そのうちの1人と一緒に現場に居合わせたのですが、 「なぜ、何を怖れて逃げたのか」ということには頭が回らなかったようです。
過去にこの手の存在を見聞きしたことが無く、ピンと来なかったのでしょう。
やはり年に1、2回はその時のことを、夢の中で再現します。
もはやウンザリ。
「いつか克服しよう」と思い、グーグルで場所を調べたのですが、今はその付近に該当するような建物がありません。
あれから程なく寮は売却され、専門学校の寮になったのですが、それも続かず、結局は壊された模様です。
その地の今の姿を見れば、そこで納得して、夢を観なくなるような気がしますが、もしかすると、私が来るのを「それ」が待っているかもしれないと思い、怖くて行けません。
私は幾度も幽霊には遭遇しており、時々写真にも写ります。
このため、その手のことには慣れている筈ですが、ものによっては「近寄らずにいた方が良い」という気がします。
追記)
「霊感がある」と言う人は世間には沢山います。でも、空想や妄想でなく、実際に「あれ」を見ているのは、この6/256くらいの割合ではないかと思います。
とりわけ、「お祖父ちゃん」「お祖母ちゃん」や「ご先祖」の霊は絶対に姿を現さないので、これを口にする人はただの妄想家です。成仏した仏は、この世の者には関わりません。
もし、「お祖父ちゃん」が現れるなら、その「お祖父ちゃん」は成仏していません。
(「成仏」は便宜的な表現で、正確には「あちら側に渡る」です。宗教や信仰は関係ありません。)
実際に見たり聞いたりする者は「自分には霊感がある」などとは言いません。基本的に迷惑な事態だからです。