◎裏のない1セント
眠れぬ夜には、「何の得にもならない些細なこと」をやると、寝つきが良くなるらしい。
いわゆる「就眠儀式」というヤツだ。
当方は若い頃から不眠症気味なので、「何か無駄な趣味を持とう」と考えて始めたのが、米国の小銭の年号別コレクションだ。
旅行に行ったり、雑銭をひとまとめ買ったりすると、概ね何枚かは入っているから、素材には困らない。銀行では小銭を両替えてはくれないし、せいぜい寄付するくらいしか使い道が無い。
現行貨でもあり、さしたる価値はないだろうから、暇潰しにはなる。
そう考えたのだ。
とりわけ面白いのが1セント銅貨だ。
最初の発行が1793年だから、米国では2百年以上も、まったく同じサイズの1セント硬貨を使い続けていることになる。図案がリンカーンになったのは1909年からだが、それでも百年は経過している。
貨幣価値は随分変わった筈だが、今も同じ。
日本で例えれば、「寛永通寶が今もお金として使える」という状況だから、冷静に考えると異常な話だ。リンカーンに替わってからにしても、「明治の五厘銅貨が今も使える」という状況だ。
まずは十年台別にコインを分け、次に年号別に整理して行く。
造幣局が3箇所あり、そのそれぞれをミントマークで識別出来るから、全部揃えようとすれば、充分に「無駄な作業」になる。
ところが、どんな領域にもコレクターがいるから、このジャンルにも値が付く品があるらしい。
とりわけ有名なのが1943年、デンバー造幣局銘の1セント銅貨だ。
大戦中で、物資が必要とされていたから、この年には鉄に亜鉛をコーティングした貨幣に切り替えたのだが、製造工程にミスがあり、何枚かをいつもの銅貨で作ってしまった。
これが発見され、なんと1億円の値が付いたらしい。
そんな話を聞くと、「就眠儀式」がどこかに吹っ飛ぶ。
字が細かく、見えないのに見ようとするから、眼を血走らせるほどだ。
これで、結局、眠れぬ夜を過ごすことになってしまう。
ところで、1セント玉を整理しているうちに、変なヤツを見つけた。
1949年のサンフランシスコ造幣局製だが、裏面がつるんと無くなっている。
全体が通常より厚いから、削り取った品ではなく、「打ち漏らし」になる。
削り取った品なら、当然のことだが、厚みが無くなり薄くなる。
エラー貨の類という見解になるが、しかし、米国では、一般的に「エラー貨自体は珍しいものではない」。
何故なら、造幣局はエラー貨を廃棄処分にせず、土産物として販売しているからだ。
1セット幾ら(確か数千円)で売られているから、1個当たりは500円とか1千円がいいところだろう。
ついそう思ってしまう。
ところが、この貨幣は1949年銘で、「まだ土産物として売ってはいない」頃に作られた品になる。実際、流通済みのコインに混じって出て来たものだ。
戦争が終わってまだ数年で、どこもかしこもまだゴタゴタしていた時代だし、翌年には朝鮮戦争が始まる。検査体制を掻い潜って出て来たものかと思えば、それはそれで見方が変わって来る。
しかし、ま、あくまで「ふーん」程度の話だ。
ところで、机の引き出しに1セント硬貨が眠っている家は沢山あろうかと思う。
一度取り出して点検してみるとよいのでは。
もし、「1943」「D」という文字が見え、それが銅製だったら、1億円の値が付くかもしれない。ちなみに、「1943D」でも黒っぽいのは亜鉛メッキ製で、これは1セントのままになる。
1900年より前の製造年のものも割と見付かるようだ。