◎35度ではダメとのこと。
病院にサトウさんという看護師(女性)がいるのだが、当方的にはこの人は「最も気に入っている」という評価だ。
長崎の田舎育ちだし、五十台半ば。
「子どもの頃には、近所の子どもたちと一緒に悪戯をして回った。家の箪笥を引き倒してお父さんに叱られ、海岸のテトラポッドの陰で夕方まで泣いた」
沈む夕日が海面に反射してオレンジ色に輝く様子や、サパーンスパーンと波が打ち寄せる音が聞こえるようで、本当に良い情景だ。
こういうのは都会育ちの子からは出ない。
サトウさんはこんなエピソ-ドを山ほど持っている。
高校同期のカオルちゃんに声やルックスがそっくりなこともあり、最初から気安く話が出来ている。
そのサトウさんに訊いてみた。
「今はマスクも消毒スプレーも買えない。そこで、35度の焼酎をスプレーに入れて、エタノールの代わりにしたらどうだろうか」
この先には、当然、このオチがついている。
「そいでもって、時々、『口を消毒すっか』と言って、自分の口の中にスプレーを噴射するのさ」
ところが、オチを言う前に、サトウさんは真顔で答えた。
「ダメかもね。消毒用ので50度より下のは無いもの。時代劇じゃあ、口に含んでぷーっと吹いて消毒の代わりにするけど、あれじゃあだめだよね」
細かに聞くと、手に吹きかけて殺菌するものと、医療用のとでは濃度に差があり、病院の奥で使うヤツは70%以上の濃度らしい。
そっかあ。あくまで気休めにしかならないわけだ。
なんてこった。もう買ってあったのに。
でもま、「飲めばいいかあ」とこれが二段目のオチ。
昔、「今日は胃の消毒でもすっかあ」と言って、酒を飲みに行った先輩を見て、「死ねばいいのに」と思ったもんだ。その時の頭の中を知るチャンスが来たかと思ったが、知らずに済んだ。
これぞ典型的なバカオヤジなわけだし。