◎夢の話 第783夜 洪水
三月二十八日の午前三時に観た夢です。
突然の豪雨に、見る見るうちに川が氾濫した。
増水し、渡れなくなった川の中州に、人が取り残されている。
「あの人。逃げ遅れたのか」
堤防には十数人が集まり、中州にいる男のことを見ていた。
「そのうち、一時間もしないうちにあの中州は水没する。あの人は流されてしまうよ」
「そうだな。救急には連絡したの?」
「したよ。でも川岸に木々が茂っているし、ヘリが出せないらしい」
「助けようがないのか」
皆が押し黙る。
中州の男は何か脱出の手立てがないか、あちこちを探っていた。
金網フェンスの上に登ってみたり、樹の高さを確かめてみたり。
「あの人。イチロー選手に似てるね。顔つきがそっくりだ」
「でも、イチロー選手は180センチ前後の身長がある。あの人は小柄だね」
確かにその男は普通より小柄だった。
「あ、分かったよ」
こちら側の一人が声を上げた。
「中州まで送電線が走っているし、塔が立っている。あれを使えばいいんだよ」
「でも、たやすく上れぬように、地面から三メートル以上、上のところから梯子が始まっているんだよ。思い付きや悪戯で上れぬようにね」
「下からは無理だけど、上からは行けるよ。こちら側からあそこまで、誰かが電線を伝って行く。そしてあの塔の上からロープを垂らしてあの人を引き上げるんだよ」
「なるほど。鉄塔自体は頑丈だから、そうそう水に流されたりはしない。それにあの塔の上に行けば、ヘリが近寄れるね」
幸いなことに、川岸の塔から中州の塔に渡るのは、ずっと「下り」だった。七八十㍍はあるが、下って行くのなら問題ない。
「なら、電気を止めて貰わないとね。すぐに電力会社に連絡しよう」
前に、送電線の上に止まった鳩が、一瞬のうちに感電して下に落ちるのを見たことがある。その鳩は地面で煙を吹いていた。あれと同じになったら困る。
「じゃあ、早速行こうか」
俺自身が行こうとすると、妻が制止する。
「オトーサン。もうトシなんだから、誰かに行って貰った方がいいよ。オトーサンが落ちちゃうよ」
すると、周りの若者たちが進み出た。
「俺たちが行きますよ。どうしてもあの人を助けなくちゃ。そんな気がするんです」
「そうだよな。あの人は小柄で大人しい人だけど、我々には必要な人だよな。普段は存在感が薄いけれど、実は必要な人だ」
皆が頷く。
「あの人。名前は何て言ったかな」
すぐに思い出した。
確か「正義」とか「義侠心」とか、そんな名前だった筈だ。
最近は肩身の狭い思いをしているだろうが、確かにそいつは人類に必要な男だった。
じゃあ、是非とも助けなくちゃあな。
ここで覚醒。
「パンドラの箱」みたいな筋だ。