◎古貨幣迷宮事件簿 白い密鋳銭の真贋鑑定
これも取り置き箱から。
結論を先に書けば、密鋳寛永銭の材質が白銅に近いものは殆どない。
密鋳銭では、既存の一般通用銭を加工して母型(母銭)を作るのが常套手段であるから、高額な錫を投入して質の良い独自の母銭を作る理由がないからだ。
数少ないケースは、収集界には知られていない「二戸地方の密鋳銭座」なのだが、この未勘銭座の製品には、白銅の背盛母銭や絵銭類がある。
ただし気を付けるべきは、盛岡で30年くらい前に精巧な白銅絵銭が作られたことがあることだ。額に入ったものを見たのが一度きりだが、見事な出来だった。
しかし、今や全国各地の雑銭から「白っぽい寛永銭」は時々見つかる。
私は二度拾ったことがある。
ただし、いずれもC国製で、素材が円銀の偽物と同じタングステンか、あるいはアルミ合金製だ。前者は銀を偽装するための材料で、後者は出来具合を確認し、本物に近寄せるための練習台だ。
この手のは、手に持っただけでそれと分かる。
掲図の品は、それらとは少し仕様が異なる。
前蔵主は「M県のWという地から出た出た雑銭から拾った」と言っていた。
入札の席だから、考えている暇はなく、とりあえず下値一万円で買った。
もし本物の密鋳の白銅銭なら、その5倍の評価になる。
一方、C国製の偽物なら、これも研究材料になる。
二十年以上前から、C国の古銭村では、日本の古銭の模鋳を研究しており、その対象銭種は地方貨や絵銭、皇朝銭、寛永銭、天保銭等、全般に渡る。
これを知っていれば、ネットに忽然と現れる「出所不明の珍品」に手を出す危険性が身に染みると思う。値段の高い品ばかりではなく、ごく普通の安価品まで作っているが、「こういうものもある」という傍証にするためなのか。
さて、当品を見ると、手触りの質感ではよく分からない。
通常、贋作は高く売るために「立派に作る」きらいがあり、これで意図が知れる。
密鋳銭の場合、「いかに材料を節約するか」「作業を迅速に行うか」に集中しているため、割と軽量で仕上げが簡単なことが多い。
この品は薄く仕上がっているため、重量の違いが分からぬし、輪側の鑢目がよく見えない。
ま、比重計があれば割と簡単だが、比重計は十数万もするので、個人で持つのは「懐効率」が悪い。
しかし、穿内を確認し、マイクロスコ-プで輪側を見ると、答えは簡単に出た。
穿にはかたちを整えた痕や金属の棹を通したような痕跡がない。これは差し通しをして、複数枚を一度に仕上げたのではなく、「一枚ずつ仕上げた」ということだ。
輪側を見ると、比較的揃った斜め鑢が掛かっているが、鑢目自体が浅い。
このため、側面のブツブツがよく見え、溶金がどのように固まったのかが推測できる。
最終結論は、「指で面背を挟み持ち、グラインダで輪側を一枚ずつ整えた」というものだ。要するに、贋作参考品となる。
材質は合金製で、3.85グラムで、通常の当四銭より1グラム以上軽い。
配合的には一般的なアルミ合金より少し重いと思う。しかし、薄いことで軽量になったようだ。
偽物に1万円の「お代」を払った勘定だが、しかし、二十年近くこれ一枚で考えさせられているし、遊興費としては安いものだ。
贋作者の発想は、本物を見る時に役立てられ、十年以上前から、古貨幣を見る時には「まずは輪側から」見るようにしている。要するに、仕上げの手順を逆算して遡る手法だ。
さて、所見品を会う時は、多く、ゆっくりと眺めている時間がないことが多い。
数分のうちに、入手するかどうかの意思を決定する必要がある。
そういう時に効いて来るのが、ウブ銭を触った経験がどれくらいかということだ。
何千枚、何万枚と指で触っているうちに、「工法上のルール」を体感的に会得できる。どれほど時間と金が掛かっても、それを踏んでいるのといないのとでは、見方が全く違う。
良さげな品を入札で一枚ずつ手に入れているうちは、ほとんど勉強にならないのではないかと思う。ま、道楽なので、それも本人の好き好きだ。
いつも通り、このジャンルでは推敲も校正もしていませんので、悪しからず。
ちなみに、現在のコロナ禍の中、今月の処分を行うかどうかを思案中。
「売り上げが減った」というデータを作る分には役に立つのですが。