◎夢の話 第921夜 超人
十月七日の午後五時の午睡時に観た短い夢です。
我に返ると、テーブルを前に座っていた。
何かのパーティか祝宴に参列しているらしい。
周囲には四五百人の客。俺とおなじようにタキシードを着ている。
会場の前の方が一段高くなっている。ステージだ。
屋外の会場だったが、ステージだけを設営していたようだ。
そこに一人の男が歩み出た。皆が拍手する。
男は上半身裸で、下には黒いタイツを穿いていた。
「こんち。エスパー斉藤です」
男は歌舞伎みたいな見栄を切った。
「では皆さん。これから超能力をお見せします。この感覚を味わってみたい方は私とおなじことをしてください。良いですか」
男が両手で観客を煽ると、半分くらいが椅子から立ち上がった。
「まず最初はこうです」
男が小学生の徒競走でやるようなスタートの構えをする。片手が前で、別の手が後ろだ。
「次に後ろ脚を上げてください」
前後に構えた足のうち、後ろ脚を空中に挙げ、片足で立つ。
皆が真似をした。
そのまま三十秒が過ぎる。
不自然な体勢だから、多くの人が体を揺らしていた。
エスパーは何も言わず、同じ体勢を続けている。
一分が経った。
さすがに、齢の行った者から次々に足をつく。
誰かが不平をこぼす。
「ちょっとちょっと。何よこれ」
足を着いた者がステージを見るが、エスパー氏は同じ体勢のままじっとしていた。
遠くの方で、「僕はまだ出来るよ」と子どもが叫ぶ。
二分が経つと、さすがに足を上げていられる者はわずかだ。
そのままの体勢を続けているのは、十人くらいに減った。
短気なオヤジがステージに向かって叫ぶ。
「おい。いい加減にしろ。早く先に進め」
どこの場にもこういう者はいる。じっと待っていられず、必ずせっかちに叫び出す。
場内が騒然となった頃、独りの観客がステージを指差した。
「あれ。あれを見ろ」
この時には、多くの客が横を向いて世間話をしていたのだが、皆が一斉に顔を向けた。
「おお。どういうこと?」
ステージの上では、超能力者がゆっくりと宙に浮き上がっていた。
あの体勢のまま、空中に浮かんでいたのだ。
男は一メートルの高さを過ぎ、二メートル、三メートルと浮いて行く。
「ああ、五郎ちゃん」
ご婦人の声に、今度は皆が観客の中に目を向けた。
そこでは、ステージの上の男と同じように、男の子が宙に浮いていた。
男の子一人だけでなく、他に子どもや若者十数人が空を目指して飛んでいく。
さっきの女性客が金切り声を上げる。
「五郎ちゃん。待って。行っちゃダメ!!」
ステージの男を含め、十数人が二十メートル以上の高さになったところで、誰かが大声で叫んだ。
「おい、エスパー。お前はこの人たちをどこへ連れて行こうとするんだあ?」
すると、この時初めて、エスパーが観客席に顔を向けた。
「皆で天国に行きまああす。ではサヨウナラ」
その言葉を合図にするかのように、急に上昇のスピードが上がり、空中の人たちが空に消えた。
場内は慌てふためく人、嘆き悲しむ人で騒然としたままだ。
ふと横を見ると、俺の隣には白いドレスを着た女が座っていた。
その女が口を開く。
「あの人たち。どこへ行ったのかしら」
俺の方は何となく状況が分かっていた。
「エスパー氏は、天国にと言ってたから、きっとそうだろうな。人類のうち幾人かは選別されて、天国に連れて行かれる。そう教わって来ただろ」
女性が小首を傾げる。
「それって聖書のこと?」
「黙示録。ヨハネの」
目の前に視線を向けると、贅沢な料理がほとんど手を付けられずに残っていた。
俺は女性に声を掛けた。
「美味しそうだから、今はとりあえず食べて置いた方がいいよ。地上に残った者がどうなるかは想像がつくからね」
ここで覚醒。