日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第961夜 「驟雨」のたぶん続き

夢の話 第961夜 「驟雨」のたぶん続き

 六月十六日の午前四時に観た夢です。以前観た夢の欠落部分らしい。

 

 我に返ると、屋外に置かれた丸テーブルを前にして座っていた。

 向かい側には五歳くらいの女児がいる。

 (これは俺の娘で、名前は「ユキ」だ。)

 ぼんやりと思い出す。

 

 ユキは一心にパフェを食べている。

 まるでこれを初めて食べるかのように、集中していた。

 ここで細かなことが頭に蘇って来た。

 夢の中の「俺」は研究職で、造幣局の研究所で新しい貨幣を考案する仕事をしている。

 今度の五百円玉の規格を考えたのも「俺」だ。

 偽造を防止するために、材質を替え、ありとあらゆる技術を駆使して今の規格を作った。

 今は出来たばかりだが、またすぐに「次」を考えぬと、技術は必ず破られてしまう。

 だから、研究と開発の連続で、これには終わりがない。

 

 だが、仕事に没頭し過ぎ、俺は家族のことを後回しにしていた。家に帰らず、研究所に泊まって働いていたりもした。そういう積み重ねがあり、妻とは離婚することになってしまった。

 俺には娘がいたが、月に一度だけ、父子二人で過ごす時間が貰える。

 この日もそんな一日で、俺はデパートに娘の服を買いに行き、それが終わると屋上の小遊園地でパフェを食べさせたのだった。

 

 一生懸命にパフェを食べる娘を眺めていて、俺はひとつのことに気が付いた。

スプーンを運ぶユキの手が傷だらけだったのだ。

 細かい生傷が手の甲に幾つもついていた。

 「ユキ。手はどうしたの?転んだ?」

 すると、娘は首を横に振った。

 「何でもない」

 またパフェを食べ始める。

 「何でもなくはないだろ。そんなに傷があるもの。さぞ痛かっただろ」

 もう一度、娘が首を横に振る。

 娘が頑なに否定するので、俺はここでこの話をやめた。後で「誰かが傷つけた」のだと想像がついたが、しかし、この時点ではまだ分かっていなかった。その辺、俺は「研究バカ」で、世間のことや人付き合いに疎い。

 

 ここで俺は話題を替えることにした。

 「ユキ。大人になったら何になりたいの?」

 すると、娘はここでようやく顔を上げた。

 「ユキはね。看護師さんになるの」

 「へえ。看護師さんか。どうして看護師さんになろうと思ったの・」

 「あのね。お父さんが病気になったら、わたしが世話をして治してあげるんだよ」

 俺はそれを聞いて、二年前のことを思い出した。

 俺はろくに眠らず、飯も食わずに仕事に没頭していたのだが、ついには倒れてしまった。

 日曜の朝に具合が悪くなり、救急車で病院に運ばれたのだが、ひと月ほど入院生活を送った。

 娘はその時、まだ三歳だったが、父親が倒れた時はかなりの衝撃だったらしい。

 だから、娘なりにこんなことを考えるようになったのだ。

 

 この時、俺は昔通りに娘が「お父さんのお嫁さんになる」と言うのを期待していたのだが、父親が思うより先に本人の方が大人になって行く。

 月に一度しか会わぬのだから、会う度に背丈が違うし、言葉もきちんと話せるようになっている。

 女房との関係が終わったのは仕方が無いが、やはり娘のことを思うと、かなりの後悔がある。

 「ああ、俺がもっとよい父親だったら」と繰り返し考える。

 もう少し俺が大人だったら、娘の傍で日々の成長を確かめられたのに。

 いくら悔いても、もはや取り返しがつかない。

 

 娘がパフェを食べ終わったので、二人してテーブルを立った。

 屋上には子供向けの遊具が様々置かれていたのだが、ユキは「乗らない」と言う。

 「もうそんな子どもじゃないもの」

 まだ幼児なのだが、本人的にはアンパンマンの乗り物に乗るほど子どもではないらしい。

 そこで、俺は娘と一緒に、屋上から外の景色を眺めることにした。

 「ここは八階建てのビルだから、かなり遠くまで見える。ほら、富士山だってあっちに見えるだろ」

 娘が背を伸ばすのだが、手摺が景色を遮る。

 そこで俺は娘に肩車をして、景色を見せてやることにした。

 「これならよく見えるだろ」

 「お父さん。高くて怖いよ」

 「大丈夫。父さんがお前を守ってやるから」

 俺の頭を掴む娘の手に力が入っている。それが何とも言えず心地よい。

 娘に「頼られている」という実感があった。

 

 「お父さん。怖いよ。もう下ろして」 

 娘に言われ、俺を娘の体を持ち上げ、床に下ろした。

 その時、娘の背中に手が当たったのだが、手の平にざらっとした感触があった。

 幾つもの長い線があるような手触りだった。

 俺はすぐに娘に訊いた。

 「ユキ。ちょっと背中を見せて見ろ」

 返事を待たずに、娘のブラウスをめくり上げると、背中にはいくつもの線条痕が走っていた。

 「ユキ。これはどうしたの?何故背中に傷がある」

 すると、娘が首を振った。

 「何でもない」

 「何でもなくはないよ。これは大切なことなんだよ」

 娘は明らかに困った顔を見せた。

 「もしかして、母さんに『言うな』と言い付けられているのか」

 娘は答えない。

 なるほど、あの妻のことだ。「もしこのことをお父さんに告げ口したら、もう二度と会わせてあげない」などと娘を脅したのだろう。

 瞬時に怒りが沸き上がり、頭のてっぺんまで熱くなった。

 ここで覚醒。

 

 数か月前に観た夢には幾つか欠落した箇所があったのだが、その部分を補う内容だったようだ。

 心情が煮詰まり、各々のキャラが固まって来たから、そろそろ短編に出来そうだ。

 素材を揃え、プロットを決めても、なかなかキーを打ち始められぬのだが、人格が自分を主張し始めると、「そろそろ書け」というサインになる。

 今は出版社、メディアを問わず「もはや死に体」だから、業界専門誌(文芸ではない)あたりに送ってやろうと思う。書くべき時に書き、見せるべき時に見せるべきで、扱いなどはどうでもよい。

 たぶん、幾人かの生き方を変えられる。

 短いナイフで、「俺」の心情に近い人の胸をひと突き出来ればそれでよい。

 最近、「今が書くべき時」だと自ら主張するストーリーが増えて来た。

 

 この一連の筋は思い描いている当の本人が打ちのめされるが、やはり父親だからだろう。

 目覚めても手に背中の傷跡の感触が残っているし、自然に涙を零している。

 頭が覚醒すると、急に娘たちが恋しくなり、メールを送ってしまった。ちなみに午前四時半で、相手は迷惑だろうと思う(苦笑)。

 母は唐突に深夜電話して来ることがあったのだが、あれもこういうことだった。