服を着て外に出たのが4時ごろで、ちょうどここに入ってから2時間後だった。
「ね。急がなくちゃって言ったとおりでしょ」
エンジンを掛け、道に出ようとするとき、思い出したようにレイコが言った。
邸宅に着き、2階の部屋に入ると、レイコの夫はベッドの上で半身を起こしていた。
介護用ベッドとしては最新鋭のタイプで、時間が来ると自動的に体の位置が変わるようになっている。
男の診察をしたが、やはり前と同じで、体調の変化は無い。
良くも悪くもなっていないと言うか、なぜ目覚めないのかということ自体わからない。
しかし、長年寝たままのせいか足腰の筋肉は落ちており、今は自ら立ち上がることもできないだろう。
階下に降りると、ホールの脇にある部屋のひとつに、お茶が準備されていた。
「ゆっくりしてらして。私のほうはこれから会議に行きます。何か必要なら、あの2人に」
部屋の隅には、先日と同じメイド2人が立っている。
「いいよ。オレ、いや私もそろそろ帰ります」
「休んでらしてったら。今日は少しお疲れでしょ」
レイコは含み笑いをしながら、私の両手を取り、椅子に無理やり座らせた。
レイコが去った後、私は部屋の真ん中に置かれたテーブルで、独りコーヒーを飲んだ。
30畳くらいの部屋の隅には、老若のメイド2人が佇み、私をじっと見つめていた。
やはり間が持たない。
「もう結構です。帰りますから」
年配の女性の方が、小さく頷き、部屋を出て行った。
程なく戻り、私に会釈する。
「車は前で待っています」
若い方のメイドから外套を受け取り、ホールから玄関に向かった。
玄関のガラス越しに、車のライトが差し込んでいる。
「もう結構ですよ」
後ろの老女をほんの少し振り返ろうとすると、階段の上の人影がちらと眼に入った。
あれはレイコの夫?
改めて体全体を向けると、2階のテラスには誰もいない。
「どうなさいました」
すかさず老女が問いかける。
「いや、なんでもありません」
まさかね。あの状態では歩くことはおろか、起きられるわけがない。
私は外へ出て、後ろ手で自ら玄関のドアを閉じた。
(さらに続く)