日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第87夜 不倫 その6

服を着て外に出たのが4時ごろで、ちょうどここに入ってから2時間後だった。
「ね。急がなくちゃって言ったとおりでしょ」
エンジンを掛け、道に出ようとするとき、思い出したようにレイコが言った。

邸宅に着き、2階の部屋に入ると、レイコの夫はベッドの上で半身を起こしていた。
介護用ベッドとしては最新鋭のタイプで、時間が来ると自動的に体の位置が変わるようになっている。
男の診察をしたが、やはり前と同じで、体調の変化は無い。
良くも悪くもなっていないと言うか、なぜ目覚めないのかということ自体わからない。
しかし、長年寝たままのせいか足腰の筋肉は落ちており、今は自ら立ち上がることもできないだろう。

階下に降りると、ホールの脇にある部屋のひとつに、お茶が準備されていた。
「ゆっくりしてらして。私のほうはこれから会議に行きます。何か必要なら、あの2人に」
部屋の隅には、先日と同じメイド2人が立っている。
「いいよ。オレ、いや私もそろそろ帰ります」
「休んでらしてったら。今日は少しお疲れでしょ」
レイコは含み笑いをしながら、私の両手を取り、椅子に無理やり座らせた。

レイコが去った後、私は部屋の真ん中に置かれたテーブルで、独りコーヒーを飲んだ。
30畳くらいの部屋の隅には、老若のメイド2人が佇み、私をじっと見つめていた。

やはり間が持たない。
「もう結構です。帰りますから」
年配の女性の方が、小さく頷き、部屋を出て行った。
程なく戻り、私に会釈する。
「車は前で待っています」
若い方のメイドから外套を受け取り、ホールから玄関に向かった。
玄関のガラス越しに、車のライトが差し込んでいる。

「もう結構ですよ」
後ろの老女をほんの少し振り返ろうとすると、階段の上の人影がちらと眼に入った。
あれはレイコの夫?
改めて体全体を向けると、2階のテラスには誰もいない。
「どうなさいました」
すかさず老女が問いかける。
「いや、なんでもありません」
まさかね。あの状態では歩くことはおろか、起きられるわけがない。
私は外へ出て、後ろ手で自ら玄関のドアを閉じた。
(さらに続く)