日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第87夜 不倫 その8

身支度をして、2階の夫の診察に赴く。
ベッドに眠るレイコの夫の近辺を見ると、やはり起き上がった気配はない。
「さっきはダンナさんが立っているような気がしたんだけどな」
傍らのレイコは普段の表情に戻っている。
「そんなこと、絶対に起きやしないわよ」

階下に降り、再び最初の小部屋に向かう。
レイコは先週と同じように去っていき、その部屋には私とメイド2人だけになる。
しばらくコーヒーを飲んだ後、老女に向かって言ってみた。
「私は昔、ここの2軒隣の家に住んでいたことがあるのです」
老メイドが近寄ってくる。
「まだ19歳の頃、私はあの寮に住んでいたことがあります。もう25年以上は前になりますけど」
これを聞く老女は、口元に笑みを浮かべていたのだが、眼の方は素のままだった。

「あの建物は元はおっしゃるとおり学生寮でしたが、予備校が潰れ、裁判で係争することになり、5年前から誰も住んではいません」
建ったばかりの頃だって薄気味悪いことばかりだったのに、年月が経った上に誰も住まなくなったのでは、遠目でも幽霊屋敷然として見えるのは致し方のないことだろう。
「あそこでは、何度か恐ろしい目に遭いました」
老女の右の眉がピクッと小さく動いた。
「よく存じ上げております」
ではあの頃起こったことの説明はやめよう。思い出したくも無い話だし。
「あそこは周囲一体、墓地だったのですか」
「一時期、開発が続いて、山の斜面の半分くらいは分譲されました。でも、今はほとんど・・・」
老女は話の途中で口ごもった。

この地域一体がどこか気色悪いところがあるのは、そんないわれがあるからだろう。
深夜、度々寮を抜け出し、屋台のラーメンを食べに行ったものだが、その当の屋台なぞ「人の手首を出汁に使った」という事件で捕まったのだ。
その事件当時、私は郷里に帰っていたので、まさか食べてはいないはずだとは思う。
でも、そんな事件までもが「いかにも起こりそうな雰囲気」をこの地は確かに持っている。

暇を告げ、玄関に向かう。
ドアの間際で、メイドたちに挨拶しようとすると、ホールの奥の廊下にちらっと人影が見えた。
自分でも意外だが、今回は前より驚かなくなっていた。
「こちらにはご主人と運転手の他に男の方は?」
「雑用をする者が1人おります」
「お幾つくらいの方ですか?」
「もう年寄りです」
老女は無表情に答えた。

(続く)