日刊早坂ノボル新聞

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第6話(怪異譚) 山姥に妻を食われる話 (御明神村:現雫石町の話)

第6話(怪異譚) 山姥に妻を食われる話 (御明神村:現雫石町の話)

昔話では、山姥(やまうば:山に棲む老婆姿の化け物)も重要な登場人物の1人である。この話は、山姥に妻子を食われる類の話の中で、最もシンプルなパターンである。

今は昔。あるところに夫婦が住んでいた。所帯を持ってから五年ほど経ち、妻がようやく孕(はら)んだ。
待ちに待っていた子どもである。夫の心は弾んだ。
あと二月ほどで臨月を迎える頃になり、その準備もあって夫は町まで用足しに出掛けた。
夫婦の住んでいたのは、街から離れた山里であったため、この夫の用足しは泊りがけである。このため、家では身重の妻が一人で留守番をしていた。

この夫が出掛けるのを、この地の山に棲む山姥が見ていた。
山姥が家を覗いてみると、中には腹の大きい女が一人で座っている。
これ幸いと、山姥はその女のことを取って食った。

翌日、夫が町から帰ってきた。
家に入り、「今帰ったぞ」と声を掛けてみても、中からは返事がない。
勝手口の近くを見て回ったが、どこにもいない。
「おおい。どこにいる」
さらに声を掛けても、やはり返事がない。
夫は、仕方なくかまどの近くに行き、灯りにすべく火を熾(おこ)そうとした。

その時である。
「父ちゃん」
背後で小さな声が聞こえたような気がした。
夫は振り返って後ろを見たが、そこには誰もいなかった。
再び、前を向き直し、火を熾そうとする。
ようやく火種ができたので、夫はふうふうと息を吹きかけた。

すると再び「父ちゃん」という声が聞こえ、今度は小さな手が夫の頬をそっと撫でた。
夫が驚き、辺りを丁寧に探すと、左後ろに、赤ん坊(胎児)の片腕の肘から先だけが1つ転がっていた。
灯りを掲げてみると、その先に血の跡がポツンポツンと落ちている。
夫がその血の跡を辿っていくと、血は点々と家の奥の寝床まで続いていた。
寝床へ行ってみると、そこには食い散らかされた妻の体がばらばらと散らばっていた。
「山姥の仕業だな」
怒りで夫の全身が震える。

まだ、近くにいるに違いない。
夫はもう一度、かまどの近くに戻り、鉈(ナタ)を持ち、家の中を順々に探した。
家のあちこちに血が落ちていたので、その血の跡を追ったのである。
するとはたして、常居(じょい:一番広い居間のこと)の棚の上に、山姥が寝ていた。
山姥は腹がくちくなったので、そのままそこで寝ていたのである。山姥の口の辺りは返り血で真っ赤であった。
夫はすかさず、手に持った鉈で、山姥の頭を二つに割った。

「ああ、妻よ。わが子よ」
妻と胎児の屍を拾い集めた後、夫はその場に座り込み、長い間むせび泣いた。

その後夫は、妻と生まれてくることのできなかった赤子のために供養塔を建て、死ぬまで毎日欠かすことなく祈りを捧げたと言う。
はい。どんとはれ。

<ひと口コメント>
同じ内容の変化したものと思われる山姥話は、岩手郡に多く残されています。
母子もろとも食われた後、この世に生まれてくることの出来なかった胎児が、父親に変事を教えるところがいっそう悲しく哀れです。
夫の心情については何も書き残されてはいなかったので、少し補足しましたが、記述がなくとも夫の強い憤りを感じさせる話ではあります。

岩手県御明神村:現雫石町の伝説)
出典:岩手県教育会岩手郡部会『岩手郡誌』(1941)より