日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第180夜 卵 その2

ヘリに同乗し、その「卵」を運びます。
警察に電話をした後で、放送局に電話をしていたので、ヘリが基地に降り立つ時には、沢山の報道記者やカメラが集まっていました。
当局はこの「卵」のことを隠したかったようですが、これではそうはいきません。

基地の外に出ると、私はすぐに報道陣に囲まれました。
「人が踏み入ることのない場所です。おそらく何百年も前からあったのでしょう」
マイクが顔の前に突き出されます。
「一体、どういう形のものですか?」
「ビデオを撮ってきましたので、いずれ公開します」
私は衛星電話の他に、普通の携帯も持っていましたので、洞穴の中で「卵」を撮影していました。

ビデオには、大きな黒い卵状の物体と、覗き窓から見える少女の姿が、バッチリ映っていました。
このニュースは世界中に打電され、あらゆるテレビ、ネットで衝撃映像が流されます。
「この黒い物体は一体何なのだろう」
「少女は誰だろう」
様々な憶測が乱れ飛びます。
「あれは宇宙人だ。継ぎ目の無い金属の卵など、人類には作れない」
「みょうじん山の東斜面はえぐれている。きっと宇宙船が墜落してあんなかたちになったのだ」

政府が専門家を呼び、卵を調べましたが、一向にわかりません。
卵の構造や、中の少女がどうなっているかなど、まったく知らされないまま、日一日が過ぎて行きます。
そのうちに、極端な都市伝説が流れ始めました。
「あれは神だ。女神が降臨したのだ」
「神の子の再来だ。人間をあらゆる苦しみから救うために神に遣わされたのだ」
「きっと奇跡が起きる」
基地の回りに、群衆が集まり始めます。

発見からひと月半が経った時、私は基地に呼ばれました。
基地のゲートの近くには、何万人もの群衆がいました。
よく見ると、半分以上が、体の不自由な人だったり病人らしき人たちでした。
この時には、「卵の中には救世主がいて、あらゆる病気を治してくれる」という都市伝説が生まれていたのです。

黒い卵の前に立つと、真行寺という名札を付けた博士が私に言いました。
「君はこの物体の発見者であり、スポークスマンだ。今や調査結果を君に見せないわけにはいかなくなっているようだから、今日は君を呼んだのです」
「ということは、何か分かったのですね」
「ああ」
博士は私を誘導し、卵の周囲に組まれた櫓の上に上ります。これで、卵全体を見渡すことが出来ます。
「ほら。少女の顔がよく見える」
「はい」
「あれは少女に見えるだろ。でも、首しかない」
「ええ?」
「窓から顔が見えるが、首から下の胴体は無いんだよ」
「生きてはいないということですか。作り物?」
「いや。生きてはいる。卵全体が生命維持装置のようなものなのだ。おそらく宇宙船が墜落した時に、長い間発見されないことを予期して、自分の体を捨て、長い眠りについたのだ」
「どれくらい前のものなのでしょうか」
「概ね2万年は前のものだ」
「じゃあ、やっぱり神さまではなかったわけですね。しかし、首だけの存在では、こうやって発見されたとしても、生き返ることなど無理なのでは。発見したのが、我々程度の科学力ではどうにもなりません」
「はは。ところがよく考えられている。この物体の形は卵に似ているが、真ん中には卵の黄身みたいな中心がある。この中には蛋白質アミノ酸など生物組織に必要な物質が入っているんだ。おそらくは・・・」
「何らかの正しい開き方をすると、首から下が形成される」
「たぶん、そういうこと。今はそのコードが何か探しているんだ」
「で、それがほぼ見つかった」
「大体はね。あと30分たったら、そのコードを入力してみる」
今日は卵が開く時で、私はその証人になるべく召集されたというわけでした。

研究者たちが調べたところ、卵からは微弱な電磁パルスが出ていたのです。
このパルスの波長を解析すると、何かの情報を送信していることが分かった。
これが人間のDNA配列の並びと同じ構成になっていたが、一部に欠損があった。これを補完した上で、卵に向けて電磁パルスを発信すると、これがロックを開く信号になるとのことでした。

時間が来て、一部メディアの取材も中に入りました。
皆が見守る中、思いのほか小さい装置が運ばれます。博士が持ってきたのは手のひらサイズのパルス発生装置でした。
「ではこの物体を開きます」
博士がパチッとボタンを押しました。
程なく、卵全体がぶるんぶるんと震え始めました。

この時、私はある短編小説のことを思い出していました。
確か作者は星新一です。
地球外の物と思われる箱が発見されたが、中に何が入っているのかが分かりません。
研究者たちは、あらゆる手立てを尽くすが、この箱がなかなか開かない。
ついに放射線を投入し箱を開くことが出来たが、それは人類の科学力を測るための装置で、箱を開く=核ミサイルを作れる段階とみなし、爆弾が起動する仕掛けでした。
「何となく、それと似た状況だなあ。どっかあんと来たりして」
もしそうなれば、これは宇宙人の乗るカプセルではなく、神がくれたものです。
何故なら、その瞬間に、総ての人間があらゆる苦悩から解放されてしまいます。

唐突に卵の覗き窓が開きました。
「おお」と周囲がどよめきます。
その装置の中では、人体の形成が始まっているのでしょう。振動が速度を増します。
数秒後、何か窓の方から音が聞こえました。
「何?」
小さな音です。
「歌だ」
「少女が歌を歌っているのだ」
最初はか細い声でしたが、次第に大きくなります。
「きれい」
「天使のようだよ」
格納庫全体に歌が響き渡ります。
博士が呟きました。
「これ。DNA配列をメロディに直したものだな」

曲が最高潮に達すると、突然、卵が割れ始めました。
真ん中付近から、左右に分かれ始めたのです。
卵の殻が完全に2つに割れた後、そこに立っていたのは、女神のように神々しい少女でした。
「ほう」と皆がため息をつきます。
周囲が見守る中、少女の体はゆっくりと空中に上がり始めました。
「おお」
「やはり宇宙人ではなく神さまか」
この光景は同時中継で、世界中に流されています。
おそらく何億人の人たちが、今この瞬間に、この場面を見ていることでしょう。

格納庫の天井ががらがらと崩れ、少女が空に上がって行きます。
少女は地上から百辰らいの高さのところで浮上を止めました。
ここで、再び歌が聞こえてきました。
「さっきとは違う曲だ」
「どういうことなんだろ」
ここで、私はなんとなく嫌な予感がしました。

少女の顔が見えていれば、おそらく誰1人としてこの「卵」を壊そうとは思いません。
赤ちゃんが人の姿を感じると、本能的にほほ笑む機能と同じです。
そのほほ笑みを見ると、人はその赤ん坊を殺そうとする気持ちが生じにくくなります。
さらに、これが生命維持装置で、中の少女が再生されるシステムということがわかれば、なおさら壊されることはないでしょう。
「と言うことは、一定の時間は、卵の人工知能は好きなように周囲の情報を収集し、判断できるということだよな」

この私の直感は的中していました。
ほんの十秒後には、少女の体から、眼を向けていられないほどのまばゆい光が放たれました。
この核爆弾の光は瞬く間に地球全体を覆い隠しました。
人類の終焉です。

ここで覚醒。