夕食後、テレビの前で寝入ってしまいました。
これはその時に見た悪夢です。
パッと目を覚ますと、がらんとした部屋の床で寝ていました。
「あ。ここは・・・」
かつて、私が会社を経営していた時の事務所の中でした。
半身を起こして、周りを見渡すと、調度類が何ひとつありません。
「となると、事務所を閉めた直後なんだろうな」
(今は夢の中にいるという自覚が少しあります。)
事務所の後片付けをして、疲れ果てて寝入ってしまったのでしょう。
台所や別の部屋には灯りが無く、今座っている事務室のほうにだけ、小さな灯りが点いていました。
「改めて見直すと、なんだかパッとしない事務所だったな」
奥のドアが半開きになっており、向こうの部屋の壁が見えています。
何気なく、その壁に近寄ってみると、その壁には黒い染みが出来ていました。
「あれ?いつから出来ていたんだろ。こんな染み。全然気づかなかった」
40センチ大の大きさですので、気づかないわけがありません。
本棚の後ろにでもなっていたのかな。
そのまま壁を眺めていると、すぐに異常な事態に気づきました。
壁の黒い染みが動いていたのです。
正確には、じりじりと大きくなっていたという表現のほうが適切です。
「何だか気持ち悪いな。この壁」
胃の底が冷たくなります。
嫌な感じが止まらないので、この事務所の外に出ることにしました。
元の事務室に戻り、玄関口に回ります。
ドアの所まで着き、ノブに手を掛けました。
すると、そこで手が動かなくなりました。
「う」
足が固まったまま、一歩も踏み出せなくなりました。
奥の部屋からは、ゴゴゴという物音が聞こえています。
「いかん。ここは悪縁の地だったか」
そう言えば、ここで事務所を構えていたのは、ほぼ十年間でしたが、何ひとつ良いことがありませんでした。事業がうまく回り始めたと思ったら、事務所荒らしに根こそぎ壊される。やたら人間関係のトラブルが頻発する。その繰り返しです。
この世に留まる悪霊の中で、最も性質の悪いのは、人の姿を取らず、ただ黒雲のように、渦のように、その地に留まって悪さをするものです。
何百何千という悪霊が凝り固まったものなので、ただの黒い塊に見えます。
普通の人なら、一発でとり殺されるか、あるいは、その場を逃げ出していたのでしょうが、私は生来、その方面は中途半端に敏感な方なので、何とかすり抜けてきたのでしょう。
でも、もちろん、早い段階でとっとと逃げ出せば、もっと早く、上手に難を避けることが出来ただろうと思います。
重い泥の中を這うように、ゆっくりと体を動かし、ようやくドアを開きました。
足を引きずるように、部屋の外に出て、階段を下ります。
すぐ階下は夫婦が経営する食堂ですが、その入り口が開いていましたので、間口に立ち声を掛けます。
「すいません。ここのビルのオーナーに連絡してください」
そう言おうとするのですが、声が出ません。
店の掃除をしていた夫婦が私の方を見ます。
「すい・・・」
私が声を出そうとした瞬間、後ろから首根っこをつかまれました。
私の前に立つ夫婦の目が丸くなります。
きっと、私が一瞬、宙に浮いたからでしょう。
もちろん、私の後ろには誰もいません。
私は後ろ向きにズルズルと引きずられ、階段を上がって行きます。
何かに掴まろうとしても、ここは階段ですので、取っ掛かりは何もありません。
あっという間に、事務所のドアの前まで戻ってきました。
「まずい」
部屋の中に引きずり込まれ、あの壁の黒い染みまで連れて行かれたら、おそらくその染みに吸収されてしまうでしょう。悪霊の仲間になるのです。
私はドアに手足を突っ張り、引かれないように力を籠めます。
「そうはいかねえぞ。こんちくしょう」
悪霊の重い力に負けじと、渾身の力を振り絞ります。
ここで覚醒。
何度も同じ夢を見させられてしまいます。
私は、あの十数年間の苦闘で、生命力をかなりすり減らしてしまいました。
今思えば、あれだけ災難が続けば、「ここは悪縁の地だ」と、もっと早く気づいても良さそうでした。
中途半端な霊感と、お祓いの知識を持っていたので、その都度、ぎりぎりのところですり抜けてきたのだろうと実感します。
何事も中途半端はいけません。
かつて、あまりに災難や凶事が続くので、ある霊感師の許を訪れたことがあります。
その先生は開口一番に、「あなたのような敏感な人は、若いうちから修行をしておかないと、無用な悪縁に悩まされることになる」と私に伝えました。
修行はしておらず、なるほど、いまだに過去の呪縛から解放されずにいます。
ところで、少し前に不動明王の夢を見て、近くのお不動さまにお参りしたのですが、帰宅したら、電気製品がいくつか止まっていました。
冷蔵庫とか、テレビ、電子レンジなどです。
「全部買い換えるのはしんどいぞ」と家人と相談をして、直後に予定していた三陸旅行から帰った後に、買うことにしたのです。
ところが、家人によると、私が出発した途端に、全部の電子製品が元通りに動き出したそうです。
「オトーサンは悪霊をぞろぞろ連れて歩いているんだよ。あんまり外で拾ってこないでね」と家人は言います。
全然嬉しくない話です。