いよいよ具合が悪く、今日はほぼ丸一日寝たきりでした。
夢をたくさん観ましたが、これは昼ごろに観たものです。
気がつくと、床に横たわっていた。
「ここはどこ?オレは誰?」
頭を上げると、階段が見える。
起き上がろうとするが、体を起こすことが出来ない。
「ああ。オレはあの階段から転げ落ちたのだ」
ゆっくりと、今の事態が分かって来る。
ここはオレの別荘だ。
かなりの田舎に別荘を買い、夏休みに1人でここに来ていたのだ。
オレは専門誌のライターで、周りに誰もいないほうが集中出来る。
徹夜で仕事をして、一杯飲んで寝ようと思ったが、階段を上がる途中で足を踏み外したのだ。
オレはごろごろと階段を転げ落ちて、1階の床にぶち当たった。
どうやら、その時の衝撃で背骨がおかしくなってしまったらしい。
脊髄に損傷が出来たのか、首から下の感覚がまったく無くなっていた。
「こりゃ不味い。このままでは、ここでお陀仏だ」
オレがここに来ていることは誰も知らない。
電話を掛けようにも、オレは1センチだって動けやしない。
この怪我で死ななくとも、何日かするうちに餓死してしまうだろ。
それも運命かとも思う。
これまではやりたい放題の人生を送ってきたことだし、こんな末路も致し方ない。
田舎の母さんにだって、ロクに連絡もせず、ないがしろにしてきたのだ。
ま、こういう最期がオレみたいな人間にはふさわしいかもしれん。
「いや。ちょっと待てよ」
このまま死ぬと、オレは「不慮の死」を迎えることになる。
事件や事故で死ぬと、多くありがちなのは、「自分が死んだことが分からない」というパターンだ。
老病死は必然だが、事件や事故は必然ではない。
多くの場合、そういう死に方をすると、そのまま暗闇に留まる。
生きている人の時間で言えば十数年くらいの間、真っ暗な世界の中でじっとしていなくてはならないのだ。
そして、次に目覚めた時には悪霊になる。
小説やドラマでは、殺された人間が殺した犯人を呪い殺したりするが、実際にはそんなことはない。
死ぬと頭脳、すなわち思考能力を失くすので、合理的に考えることが出来なくなる。
十数年後に目覚めると、もちろん、現世に祟りをもたらすが、その相手は自分を殺した人ではなく「あたり構わず」だ。
アンテナに引っ掛かるものを対象に、誰彼構わず恨みや妄執をぶつけるのだ。
「嫌だ。死ぬのはともかく、そんな悪霊にはなりたくない」
何とかして、せめて病院のベッドで死なねば。
どうすればこの事態を打開出来るんだろ。
今のオレは、物を考えることは出来ても、動くことが出来ないのだ。
眼球だけを回して、周りの状況を確かめる。
階段下の、わずか2胆茲砲賄渡辰ある。
ここは居間兼ダイニングなので、5メートル後ろにはテレビがある。
これだけだ。
ここでオレはあることを思いついた。
オレは今、ESP、すなわち超能力について科学雑誌にリポートを書いている。
それも本格的なもので、ロシアまで行き、ESPの体験講習を受けてきた。
あっちの訓練士は「君はもの凄く筋が良い」と言っていた。
特に点数が良かったのは、念動力だ。
オレは糸に結んだ錘を少しだけ揺らすことが出来た。
少し補足が必要だが、これはミニサイズの体操の鉄棒みたいな装置に、糸と錘を吊るし、念だけで動かして見せると言う訓練だ。
「よし。やってみるか」
まず簡単そうなのは、テレビのスイッチだ。これで練習しよう。
手前に置いてあるリモコンの方に意識を集中する。
頭の中で、スイッチのボタンを「ON」にするイメージを描くのだ。
2時間くらいこれを続けると、オレはテレビのスイッチを入れることが出来た。
「これなら何とかなるかもしれん」
次は電話だ。
こっちはちょっと複雑だ。
まずは「通話」ボタンを押し、次に番号を押す必要がある。
「110」か「119」を押せれば、どうにかなる。
だが、幸い、ここの電話のタッチキーは軽く出来ている。
オレは念力で、「110」に電話を掛けることが出来た。
電話が繋がり、アナウンスが入る。
「事故の場合は1を、事件の場合は2を押してください」
少し考えたが、交通事故は念い十万件の桁だったことを思い出し「2」と念じた。
すると、ようやく警察官が出て「もしもし」と声を出した。
すぐに「助けてください」と言おうと思うが、声がまったく出なかった。
神経が分断されているのか、唸り声すら上げられない。
受話器の向こうの警察官は、幾度か「もしもし」と言っていたが、しばらくすると電話を切った。
言葉で要件を伝えられないのでは、どうにもならない。
ここで、この別荘でオレは死ぬことになるのだ。
オレは絶望感を覚えながら、両目をつぶった。
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
オレは意識を取り戻し、眼を開いた。
テレビは電源を入れっぱなしにすると、一定の時間で切れる筈だが、この時はまだ点いていた。
ニュースを読むアナウンサーの声が聞こえる。
「A県の別荘地から警察に緊急電話がありました。警察署員が急行しましたが、電話が掛けられたのは人気の無い別荘からでした。回線の接触に問題があったのだと思われます」
警察はオレの電話を聞き止め、発信番号を調べた上で、この別荘に来てくれていたのだった。
だが、残念なことに、電話を掛けたのはこの世の者ではなかった。
オレはとっくの昔に死んでいたのだ。
オレが死んだのは少なくとも十数年は前のことだ。
このオレは、この世に未練を残して死んだので、地縛霊になっていたのだった。
ここで覚醒。
「無人の別荘から110番」
確か今夏に実際にあった出来事ですが、これが印象に残っていたものと思われます。