日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第272夜 別荘の幽霊

いよいよ具合が悪く、今日はほぼ丸一日寝たきりでした。
夢をたくさん観ましたが、これは昼ごろに観たものです。

気がつくと、床に横たわっていた。
「ここはどこ?オレは誰?」
頭を上げると、階段が見える。
起き上がろうとするが、体を起こすことが出来ない。

「ああ。オレはあの階段から転げ落ちたのだ」
ゆっくりと、今の事態が分かって来る。
ここはオレの別荘だ。
かなりの田舎に別荘を買い、夏休みに1人でここに来ていたのだ。
オレは専門誌のライターで、周りに誰もいないほうが集中出来る。

徹夜で仕事をして、一杯飲んで寝ようと思ったが、階段を上がる途中で足を踏み外したのだ。
オレはごろごろと階段を転げ落ちて、1階の床にぶち当たった。
どうやら、その時の衝撃で背骨がおかしくなってしまったらしい。
脊髄に損傷が出来たのか、首から下の感覚がまったく無くなっていた。

「こりゃ不味い。このままでは、ここでお陀仏だ」
オレがここに来ていることは誰も知らない。
電話を掛けようにも、オレは1センチだって動けやしない。
この怪我で死ななくとも、何日かするうちに餓死してしまうだろ。

それも運命かとも思う。
これまではやりたい放題の人生を送ってきたことだし、こんな末路も致し方ない。
田舎の母さんにだって、ロクに連絡もせず、ないがしろにしてきたのだ。
ま、こういう最期がオレみたいな人間にはふさわしいかもしれん。
「いや。ちょっと待てよ」
このまま死ぬと、オレは「不慮の死」を迎えることになる。
事件や事故で死ぬと、多くありがちなのは、「自分が死んだことが分からない」というパターンだ。
老病死は必然だが、事件や事故は必然ではない。
多くの場合、そういう死に方をすると、そのまま暗闇に留まる。
生きている人の時間で言えば十数年くらいの間、真っ暗な世界の中でじっとしていなくてはならないのだ。
そして、次に目覚めた時には悪霊になる。

小説やドラマでは、殺された人間が殺した犯人を呪い殺したりするが、実際にはそんなことはない。
死ぬと頭脳、すなわち思考能力を失くすので、合理的に考えることが出来なくなる。
十数年後に目覚めると、もちろん、現世に祟りをもたらすが、その相手は自分を殺した人ではなく「あたり構わず」だ。
アンテナに引っ掛かるものを対象に、誰彼構わず恨みや妄執をぶつけるのだ。

「嫌だ。死ぬのはともかく、そんな悪霊にはなりたくない」
何とかして、せめて病院のベッドで死なねば。
どうすればこの事態を打開出来るんだろ。
今のオレは、物を考えることは出来ても、動くことが出来ないのだ。
眼球だけを回して、周りの状況を確かめる。
階段下の、わずか2胆茲砲賄渡辰ある。
ここは居間兼ダイニングなので、5メートル後ろにはテレビがある。
これだけだ。

ここでオレはあることを思いついた。
オレは今、ESP、すなわち超能力について科学雑誌にリポートを書いている。
それも本格的なもので、ロシアまで行き、ESPの体験講習を受けてきた。
あっちの訓練士は「君はもの凄く筋が良い」と言っていた。
特に点数が良かったのは、念動力だ。
オレは糸に結んだ錘を少しだけ揺らすことが出来た。
少し補足が必要だが、これはミニサイズの体操の鉄棒みたいな装置に、糸と錘を吊るし、念だけで動かして見せると言う訓練だ。

「よし。やってみるか」
まず簡単そうなのは、テレビのスイッチだ。これで練習しよう。
手前に置いてあるリモコンの方に意識を集中する。
頭の中で、スイッチのボタンを「ON」にするイメージを描くのだ。
2時間くらいこれを続けると、オレはテレビのスイッチを入れることが出来た。
「これなら何とかなるかもしれん」
次は電話だ。
こっちはちょっと複雑だ。
まずは「通話」ボタンを押し、次に番号を押す必要がある。
「110」か「119」を押せれば、どうにかなる。
だが、幸い、ここの電話のタッチキーは軽く出来ている。

オレは念力で、「110」に電話を掛けることが出来た。
電話が繋がり、アナウンスが入る。
「事故の場合は1を、事件の場合は2を押してください」
少し考えたが、交通事故は念い十万件の桁だったことを思い出し「2」と念じた。
すると、ようやく警察官が出て「もしもし」と声を出した。

すぐに「助けてください」と言おうと思うが、声がまったく出なかった。
神経が分断されているのか、唸り声すら上げられない。
受話器の向こうの警察官は、幾度か「もしもし」と言っていたが、しばらくすると電話を切った。

言葉で要件を伝えられないのでは、どうにもならない。
ここで、この別荘でオレは死ぬことになるのだ。
オレは絶望感を覚えながら、両目をつぶった。

それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
オレは意識を取り戻し、眼を開いた。
テレビは電源を入れっぱなしにすると、一定の時間で切れる筈だが、この時はまだ点いていた。
ニュースを読むアナウンサーの声が聞こえる。

「A県の別荘地から警察に緊急電話がありました。警察署員が急行しましたが、電話が掛けられたのは人気の無い別荘からでした。回線の接触に問題があったのだと思われます」
警察はオレの電話を聞き止め、発信番号を調べた上で、この別荘に来てくれていたのだった。

だが、残念なことに、電話を掛けたのはこの世の者ではなかった。
オレはとっくの昔に死んでいたのだ。
オレが死んだのは少なくとも十数年は前のことだ。
このオレは、この世に未練を残して死んだので、地縛霊になっていたのだった。

ここで覚醒。

無人の別荘から110番」
確か今夏に実際にあった出来事ですが、これが印象に残っていたものと思われます。