日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第283夜 見てはいけない

MLB中継を見ていたのに、ロイヤルズが逆転サヨナラ勝利を収める直前で眠りに落ちてしまいました。
これはその時に観た夢です。

我に返ると、どこか部屋の中にいる。
何か目的があってそこにいるのではなく、ただ茫然と立っているのだ。
感情が乏しく、何を見ても遠くのことのように感じる。
「ああ、これって・・・」
幽霊だな。
オレは幽霊になったのだ。

幽霊の最大の特徴は、「ものを考えられない」ということだ。
思考自体は脳細胞の電磁反応なのだから、肉体が無くなれば、当然、それも出来なくなる。
喜怒哀楽もほとんどない。
意思をもって行動することもない。
ただ、風船のように気の流れに任せ漂っているのだ。

オレはその部屋の天井の一角にいて、ぼおっと下を眺めている。
部屋の中には女が1人。
背が高くて美人だ。
齢は三十幾つくらいか。
仕事はピアニストで、広いこの部屋の反対側にはピアノが置いてある。

チャイムが鳴り、ダンナが帰って来る。
ダンナは商社マンだ。
仕事が忙しく、帰宅するのは毎日夜遅く。
週末も「仕事がある」と言って出掛けて行く。

ダンナが風呂に行く。
テーブルの上には、ダンナのスマホが置いてあった。
(不用心なダンナだ。自分に自信があったりすると、他人への配慮が薄くなる。奥さんが世間に疎い女だから覗いて見たりはしないだろうが、目につくところに置くなよな。)
まあ、この女は自分のことで頭が一杯で、ダンナのことには気が回らない。
余計なお世話だが、きっと大丈夫。

ところが、女が悪戯っ子のような表情を見せた。
ダンナのスマホを手に取る。
好奇心から、覗いてみようと思い立ったのだ。
(やめとけ。そこには、盗み見て気分の良くなることは仕舞ってないぞ。)
しかし、スマホの中の情報を読むには、パスワードを入力する必要がある。
「あの人は案外単純だから」
自分の名前を打ってみる。
ダメだった。
「うーん」
次はダンナの母親の名前だ。
これもダメ。
「少しマザコンの気があるのにな」

こうなると、どうしても開いてみたくなる。
「かおり」、「かすみ」、「ミキ」、「さとみ」。
二十も打てば、もはや思いつかなくなる。
「早くしないと、お風呂から上がって来てしまう」
ええい。
ダンナの同僚の名前を入れてみる。
大学の同期の女子の名前を入れてみる。
ヒットした。

ダンナは大学のサークルの先輩だったが、その頃、一緒に活動していた2つ下の後輩の名前で、スマホが開いた。
メールのパスワードも同じだった。
すると、その当人とのやり取りが記録されていた。
ダンナはあの後輩と連絡を取っていたのだ。
しかも、週に1度だけでなく、2度3度と会っていた。
「仕事だ」と出て行った週末には、2人で伊豆に行っていた。
「出張」の時も一緒だった。
極めつけは、部屋に備え付けの露天風呂に入る後輩の裸の写真が保存されていた。
「この2人。できてたんだ」
頭の奥がすうっと冷たくなる。
「よりによって、どうしてあの子と」
あの後輩は正直言って、美人ではない。ごく普通のルックスだ。
背も低いし、何と言っても既婚者だ。
「どうしてあの子と」

そんな女の考えが、上で眺めているオレの方にも流れ込んでくる。
(良かったな、幽霊で。こういうドロドロには関わりたくない。)

女は気を取り直した。
「まずはキレないようにしないと。こういう時に夫を追い詰めると、逆切れするという話だし。相手の立場を認め、理解を示すのが一番らしいし」
そこへダンナが入って来る。
ダンナは妻が自分のスマホを見ているのに気づく。
「あ」

先に女が口を開く。
「ごめんなさいね。私に至らない所があったのね。ピアノのことで頭が一杯で、あなたのことを十分に考えてあげられなかったかもしれない」
「・・・・」
「きっと寂しかったのでしょう。だから、心を許せ、気軽に話せる後輩と・・・」
若い女が欲しいのなら、きっと会社の子にした筈だから、昔の後輩と付き合うのはそういう意味だ。

ダンナが椅子に座った。
「いつか近いうちに話そうと思っていた」
「いいのよ。私の方が・・・」
女は「気づかずすいませんでした」と謝ろうとした。
それをダンナが遮る。
「スマンが別れてくれ」
「え。誰と?」
別れるのは、あの子とであって、私ではない筈だ。

女の感情がオレの方にどっと押し寄せる。
いやはや、幽霊はこういうのは苦手なんだ。

「もう美菜子の方はダンナと離婚手続きに入っている。次は俺達の番だな。申し訳ないが、俺と別れてくれ。このマンションはお前にやる。慰謝料も極力、希望通りの金額を払う。俺達には子供がいないのだし、まだ若い。お前も仕事を持っているのだから、幾らでもやり直しが出来るだろ。またいい男を見つけて再婚すればいいよ」
ダンナが女を放り投げた。
もう随分前から、このダンナは妻と別れるつもりだったのだ。
「財産を渡し、慰謝料も払う」とは聞こえが良いが、不倫相手の実家は資産家だから、そっちに乗り換えるということだ。どれだけ払っても、補充が効く。

女が黙っていると、ダンナが自ら話を先に進める。
「実は美奈子は妊娠している。俺の子だ。だから俺はその責任を取らなくてはならない」
女がようやく口を開いた。
「私に対する責任はどこへ行ったの?本末転倒でしょ」
冷静な口調だった。
プライドの高い女は、けして取り乱したりはしない。
「私のどこが気に入らなかったの?」

(ああ、不味い展開だ。この女の本性が目覚めてしまう。本人も知らない本性が。)

ダンナが答える。
「寝てる時の君は気持ち悪い。寝顔がどこか怖ろしく感じるんだ」
そう言えば、ダンナは居間のソファで寝ることが多い。テレビを見ながら寝入ってしまうのだと思っていたが、実は私のことが嫌だったのだわ。
女の意識が濁流のように周りに流出している。

女が再び口を開いた。
「そう。分かりました。じゃあ、夕食の支度をしますから」
「え?」
女が立ち上がり、台所に向かう。
冷蔵庫を開け、ビールの大瓶を取り出した。
それを居間に運んで来ると、女はダンナの背後から頭の上に思い切り振り下ろした。
瓶が割れ、ダンナが倒れる。
女はそのダンナの首元に、割れた瓶の口を突き刺した。

(ああ。やっぱりこうなったか。)

女は無表情にその場に立っている。
何回生まれ変わっても、同じ結果になるようだ。
この女は、女鬼、すなわち般若の化身なのだから、人間の男とうまく行かないのは当然のことだ。
一緒に暮らしていたダンナは、この女の禍々しさに気づいて逃げようとしたのだ。

しばらくすると、そのダンナがオレの隣に浮かんでいた。
まだ自分が死んだことを知らないようだ。
オレのことも当然見えていない。
死んだ者が、一人前の幽霊になるのには、結構な時間がかかるものなんだよな。

ここで覚醒。

なかなか良い展開です。