日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第284夜 バイク事故

朝早く起きて子どもたちのお弁当を作るつもりが、「起きよう」という覚醒意識が生じたのに、結局起きられず寝過ごしてしまいました。
その時に観ていた夢です。

ハッと我に返ると、道路の隅に寝転んでいた。
頭のすぐ近くにはガードレールがある。
5メートル脇には、大破したバイクが転がっていた。
「何があったんだ?」

今はどうやら夕方のよう。周囲にはどの方角にも山々が連なっている。
まずは自分の体を点検した。
革ジャンに、下はジーンズに長靴を穿いている。
「ああ。オレがバイクを操縦していたんだな。それで何らかの理由で事故ったという感じだ」
しかし、転んだ時に脳震盪を起こしたのか、その辺の記憶がまったくない。
しかも、自分が誰で、どこに住んでいて、今何をしようとしていたか、すらまったく分からないのだ。
「テレビや映画ではよくある設定だけど、実際に起きることもあるのか」
よっこいしょ、と体を起こす。

立ち上がってみると、オレには怪我1つ無かった。
バイクがあれだけ破損しているのなら、道路やガードレールに叩きつけられたはずなのに。
「一体どういうこと?うまく転がると、まったく怪我をしないことがあるけれど、頭は打ったみたいだし解せないな」
携帯電話を探すと、革ジャンの胸ポケットに入っていた。
電源は入るようだが、どこに掛けても繋がらない。
「そっか。おそらくここは山の中の観光道路だ。電波が届かないわけだな」
こりゃ参ったぞ。
人家はおろか、街灯すら見当たらないところだから、修理はおろか警察だって呼べそうにない。
「里までどれくらいの距離があったかな」

すると、後ろの方で声がした。
「8キロはあるよ」
振り向くと、反対側のガードレールの外に子どもが立っていた。
10歳くらいの男の子だ。
オレは少しほっとした。人が居るなら、手立てが見つかりそうだ。
「君は誰?どこの子なの?」
男の子はすぐには答えず、ガードレールの下を潜ってオレに近づいた。

「お兄ちゃんはこの先2キロくらいのところで、ボクに会うはずだったのに、なかなか来ない。だからボクの方がここまで迎えにきたんだよ」
「え?何か約束でもしてたの?」
「ウン。ボクと一緒に出掛けるはずだったんだ」
そうか。オレはその約束の場所に向かう途中で、事故に遭ったのか。
「スマンな。どうやら転倒した拍子に記憶をすっかり失くしたみたいなんだよ。まるで思い出せない」
男の子が頷く。
「それじゃあ、仕方ないね。じゃあ、そこまでボクと一緒に行こうよ。そこなら電話だって掛けられる」
なら文句は無い。
オレはその子と一緒に歩いてその場に向かうことにした。

「ここからどのくらいだっけか?」
「2キロ先。ゆっくり歩いてもせいぜい30、40分ってとこ。普通に歩けるならね」
男の子がオレの足に視線を向けた。
「大丈夫だよ。不思議なことだが、オレはどこも怪我をしてないんだ」
「ふうん。ま、そうだろうね」
こまっしゃくれたガキだ。大人のような物言いをしやがる。

オレたちはその場を後にして、道の先に進んだ。
男の子がオレには顔を向けずに話し出す。
「あそこでひっくり返るのは予定に無かったよね。どうしたの?」
「それが、事故る直前に何があったかを思い出せないんだよ」
「右の耳の後ろに手を当ててごらんよ。それで思い出す」
オレはその子に言われたとおり、右耳の後ろをまさぐった。
「イテテテ」
まったく怪我はしていないと思ったが、実際にはここにコブが出来ていた。
「何だよ。痛いじゃないか」
男の子が顔を向ける。
「はは。でもこれで思い出したと思うよ」

その子の言うことは本当だった。
オレはバイクがガードレールにぶつかる直前のことを思い出した。
カーブを曲がると、道の真ん中に野ウサギの子どもがいた。
ヘッドライトが当たったので、その小ウサギは身をすくめてうずくまった。
オレは咄嗟にそのウサギを避けようとしたが、スピードが出過ぎていたので進路を変えられず、そおままガードレールに激突したのだった。
「ってな感じだな」
オレの説明に、男の子が首をかしげた。
「お兄ちゃんは、元々そんな人じゃないのに、野ウサギを助けようなんてよく思ったものだね。どうしちゃったの?」
「おい。失礼だな。お前はオレのことをどこまで知ってると言うんだよ」
男の子が笑う。
「ははは。ボクはお兄ちゃんのことを小さい頃から知ってるよ」
「生意気なヤツだな。オレよりもはるかに齢が下なのに、オレの昔のことを知ってるわけが無いだろ」

でも、正直オレはドキッとした。
野ウサギの命を助けるなんて、それこそオレには似つかわしくない。
何せオレはずっと不良で、人を痛めつけたり、女を弄ぶようなことばかりして来たからな。
良いことなんかしたことが無い。
塵ほども考えたことだって無いのだ。
ここで男の子がオレの方に向き直った。
「でしょ?」
本当に嫌なガキだ。まるでオレの心の中が読めるようだぞ。

2キロを歩くのは、それこそあっという間だった。
峠道の先に緩いカーブがあり、片側は崖だ。
緩いカーブの頂点付近を超えると、その先には警察の車両が何台も停まっていた。
「オレたちが会うはずだったのはここなのか?」
「ウン」
ほんの数十分前に事故があったようで、ガードレールが破られていた。
崖の中腹に乗用車が1台落ちており、救急隊員がその車に取りついて、中の人を運び出そうとしている。
家族連れで、夫婦と女の子が1人見えている。
担架に乗せられた男が隊員に何かを話しているようだ
「どうやら助かりそうな雰囲気だな。何があったんだろ」

このオレの呟きを男の子が聞いていた。
「お兄ちゃんが事故を起こすのは、本当はここだったんだよ。お兄ちゃんはスピードを出し過ぎて、センターラインを越えた。ちょうど対向車がカーブを回って来た所で、驚いたあの父親はハンドルを逆に切った。それでガードレールを突き破って崖を飛び出し、谷底に落ちるはずだったんだ。もちろん、車の横腹に激突したお兄ちゃんも一緒にね」
「え?何だよ、そりゃ」
男の子はオレの表情が変わるのには構わず、平然と話を続けた。
「お兄ちゃんは何の気の迷いか、ウサギの命を助けようとした。それでほんの少し運命が変わって、あの家族も助かったんだよ」
この話し様は、とても子どものそれじゃない。
「おい、お前。お前は一体・・・」

すると、男の子はびゅんと飛び跳ねて、ガードレールの上に立った。
「結果的にお兄ちゃんは、3人と1匹の命を救った。それで本来はここで死ぬはずだったお兄ちゃんの運命がほんの少し変わったんだ。ほんの少しだけどね」
コイツ。普通の人間じゃないぞ。
「お前は一体誰なんだ!」
男の子が「くく」と笑った。
「名前は教えないよ。でも、このボクが、このボクこそが、お前たち人間の言う死神という奴なのさ」
その子の表情を見て、オレの全身で血が逆流した。

「でも、中谷ケンジ。人の運命は大枠では変わらない。お前がいくらか人の命を助けたからと言って、その善行により、総てが許される訳ではない。この世もあの世も昔話のように甘くは出来てないからね。ただほんのちょっと段取りが変わるだけだよ。今は見逃してやるが、いずれまたボクがお前の前に現れる。その時はお前がこのボクと一緒にあの世に行く時だ。そのあの世ってのがどこかは、もちろん分かっているだろうね」
オレは何も言えず、男の子の顔をじっと見続けた。
「ふふ。いずれまた会おう。もうしばらくの間、人生を楽しみなよ」
そう言うと、男の子は一度身を屈め小さくなった。
それから急に体を伸ばし、空中に飛び上がった。
ばさばさと羽の音がしたかと思うと、黒い羽が数枚、ゆっくりとオレの前に落ちてきた。

ここで覚醒。

これもなかなか良い展開です。
少し加筆するとショートショートになりそうな感じです。