日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第297夜 膝刈男爵

子どもたちを送り出した後、仮眠を取ったのですが、その時に観た夢です。

妻と2人で車に乗っている。
俺たち夫婦は、欧州中を車で回っている。
今はドイツからオーストリアに向かう途中だが、さすがに道がわからず、どこか田舎町に迷い込んでいた。
回りは田園で、農道めいた細道が長く続く。
そのうち、夕方になり霧が出始めた。
ほんの15分かそこらで、10メートル先も見えなくなった。

「これじゃあ危なくて運転できないな」
「そうだわね。どこかで霧の晴れるのを待つ?」
「しかし、この辺りには、畑しかありゃしない」
しかし、突然、道の先に灯りが見えた。
「良かった。あそこに寄らせてもらって、霧が晴れるのを待とう」

古い館の前に車を停める。
扉が開け放してあったので、中に入ってみた。
中庭を進むと、松明が何本も地面に差してあった。

「ごめん下さい、ってここでは何と言うのだろ」
「ドイツ語で良いんじゃないの」
妻と話をしながら前に進む。
不意に霧の晴れ間に出ると、館の前にはたくさんの人々が立っていた。
皆が黒い服を着ていた。

「どうやらお葬式みたいだな」
「場にそぐわない服装じゃなくて良かったわね」
俺たち夫婦は普段から地味な格好をしている。大体は黒か灰色だ。
「お葬式じゃ、休ませて、とか、泊めてくれ、とは言えないわね」
「まあそうだな」

すると、1人の男が俺たちを認めて、近寄って来た。
背の高い中年の男だ。
「霧に巻かれたんだね」
「そうです」
「なら、ここにいると良い。もうすぐ夜になるから、外にいるのは危険だ」
「確かに、道を飛び出してしまうかもしれません」
「いや、そうではない。月の夜に霧が月明かりを覆ってしまうような時には、膝刈男爵が出るんだ」
「膝刈男爵?」
「そう。急には信じられないかもしれないが、怨霊の類だよ」
「怨霊、ですか?」

それから、その男は「膝刈男爵」の話をしてくれた。
かいつまんで言えばこんな感じの話だ。

中世の末期に、この辺に1人の農夫が住んでいた。
美人の妻とまだ幼い男の子が男の総てだ。
だが、その時代は身分制度が生きていた時代だった。なにせ領主が「初夜権」なるものを主張していた頃の話だ。
この地を支配する領主が、男の美人妻に目を付けた。
そこでその領主は、自分の館の草刈りを口実に領民を集め、2日の間働かせた。
その間に、領主は男の家を訪れ、「一生懸命に働いて貰っている礼だ」と言って、羊を渡した。
その上で「水をくれ」と言って家に入り込んだのだ。
領主の目的は、もちろん美人妻を我が物にすることだ。
領主が男の妻を押さえつけ、犯そうとすると、息子がそれに気づき、領主の腕にかじりついた。
領主は怒り、息子を叩きつけて殺してしまった。
それから、男の妻を犯し、領主は立ち去った。
妻は自分が犯されたことよりも、息子が殺されてしまったことを嘆き、その場で首を吊ったのだ。

男が家に帰ると、息子は殺され、妻が首を吊っていた。
誰がやったのかは明白だった。
羊の耳にそれが領主の所有物であることを示す標が付いていたからだ。
そこで男は、大きな草刈鎌を携えて、領主の館に向かった。
直談判しようとする男を、領主は「不敬だ」として捕まえようとした。
当然、男は抵抗する。
そこで領主は家来に命じ、その男を殺させたのだ。
それが起きたのが、満月を霧が覆い隠す夜のことだった。

異変は次の同じような霧の夜に起こった。
霧の間から、大鎌を持つ怨霊が現れ、人々を襲うようになったのだ。
怨霊はまず膝を切りつけ、その相手が動けなくなるようにし、地面に倒れた相手の首を刈る。
何人もの人が殺された。
しかし、怨霊の狙いは、当然、領主の首だ。
ところが、その怨霊が領主に行き着く前に、市民革命が起こって、その領主が殺されてしまった。
行き場のない怨霊は、それからも、霧が月の光を覆い隠す夜になると、この地をさ迷い歩く。

怨霊は背の高い黒い影で、最初に膝を鎌で刈る。
そんなところから、その怨霊は「膝刈男爵」と呼ばれるようになったのだった。

「と、いうわけだよ」
男の話は、さすがに俄かには信じられない。
だが、この地に住む人たちは、信じているらしい。
葬式の進め方が、明らかに急いでいるような素振りで行われているのだ。
とりわけ、神父の説教の速さときたら、あっという間だった。
それはすなわち、それだけ今日のこの霧が唐突だったということだ。

「ここの人たち。どう見ても怯えているわね」
「そのようだ。皆が伝説を信じているんだね」
もう一度、男が近寄って来る。
「門を閉じるから、すぐに広間に入って。どうやら濃霧の中に取り込まれたようだから」
目が真剣だ。
俺たちは言われるまま、館の広間に入った。

広間の前の方には棺が置かれている。
その回りには、20人くらいの人が立っていた。
「皆、不安そうね」
「霧はよく出るだろうけれど、今日のはとりわけ深い霧なんだろうな」
実際、この時の霧は凄かった。
窓の外が真っ白だ。
あと30分もしない内に日が落ちる。

扉の隙間から、霧が入り込んでくる。
女性たちが、何事かを声高に言い立てていた。
自然に、明るい祭壇の近くに人が集まる。

不意に「ごとごと」と大きな音がした。
その音の出所は、棺桶の中だ。
「きゃあ」
女たちが棺桶の回りから飛び退る。
棺桶の蓋が開き、不意に大鎌の先が突き出て来た。

疑うべくもない。伝説通りの怨霊の登場だ。
「おいおい。マジかよ」

ここで覚醒。

夢には、まだこの続きがありました。
少し「月並み」な設定なので、捻る必要がありそうですが、かたちを変えると、奇譚シリーズの路線で物語が出来そうです。
あるいは、あえてオーソドックスな怪談とするか。
いずれにせよ、井ノ川円了博士の再登場となります。

毎日色んな夢を観ることと、その夢を逐一記憶していることで、本当に助かります。
ネタに困ることがありません。