◎夢の話 第1K27夜 老人
昨夜、例によって居間で寝袋に入り眠り込んでいたが、就寝中に夢枕に七十台の老人が立った。
「立った」と言っても、実際には足の先に「古びた羽織袴を着た老人が座っていた」、が正しい。
老人は床に膝をつき座っていたが、何も言わず、ただじっと私を見ていた。
夢の途中で半ばは目が覚めたが、薄目を開けると息子が気を利かして部屋の灯りを消していたようだ。
部屋が真っ暗だった。
私は目を凝らして、夢の中で老人がいた方を見た。
ここからが普通と違うのは、目覚めて瞼を開いても、やはり夢の老人が座っていたことだ。
部屋は暗いので、見えたのはシルエットだけだが、人の気配がある。
老人は戸澤松※という名で、文政年間に生まれ明治まで生きた人らしい。
この辺は、夢の中だったのではっきりとしない。
これが二時頃の話で、それから起きられず・寝られずのまま時間を少し、気が付いたら朝だった。
五時になりようやく体を起こせるようになったので、灯りを点けたが、その後は楽になった。
老人の周囲には、霧のような煙のような白煙が立ち込め、女やら男やらの首が飛んでいた。
老人は天保の飢饉の時に、たいそう苦労させられたらしく、「お畏れ乍ら」と役人に訴え出る書状が幾つもあった。受理されなかったので、それがそのまま家に残った。
もしくは、老人は侍(領主)だったから、百姓たちからの陳情を受ける立場だったのかもしれぬ。
この夜に起きたことの七八割はただの夢なのだろうが、妙に具体的な地名や出来事が浮かんで来た。
私にはこういうのがやたら多いから、さすがに閉口する。ゆっくり眠れない。
視線に感情を感じなかったので、あるいは実際にそこにいたのかもしれん。
瞼を開けても人影がいたと思ったが、それも夢の中だったかもしれぬ。
いずれにせよ、熟睡が出来ずたいそう疲れた。
ちなみに、「私はもはや色んなことを為す体力と健康状態を持たないのです。残りの人生で出来るのはあとひとつ二つだと思います。多くを捨ててひとつに専心することになります。そこで古文書の類はまとめて誰かに渡し、改めて読んで貰うことにします。書き付けの類の一部は、申し訳ないが切り売りさせて貰います。私も今は飢饉の最中で、二年以上の間、苦労させられているのです。遊び半分では無いし、敬意を欠くこともありません」と断った。
これが朝の四時台の話だ。
ほとんど眠れなかったので、病院のベッドで眠り、帰宅してからまた横になった。