日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第302夜 本当に美味しいもの

夜中じゅう眠りに就けずごろごろしていましたが、朝方になりようやく眠れました。
沢山の夢を観ましたが、これはそのうちのひとつです。

宵の口に、知り合い2人と夕食を食べていた。
オレの他には40歳くらいの女性が1人と、45歳の男が1人だ。

「なんだか、最近は何を食べても美味しくないわ」
「本当だよな。齢なのか、脂っこいものがダメになった。そしたら、美味く感じる物が減った」
2人とも、経済的に余裕があり、かなりの贅沢をしている。
「いつも高級なレストランで良い物ばかり食ってるせいだろ。お前らみたいな暮らしをしている奴らがそんなことを言ってるのを他人に聞かれたら、マンションに火を点けられるぞ」

そうそう。社会保障ってのは、不遇な人や貧しい境遇にある人を助けて「あげる」政策だと思っているバカが多いが、人の苦しみを軽減する政策ってのは、「金持ちが襲われないように世間を懐柔するためのもの」だ。
貧富の格差は年々拡大しており、ただ金を動かして暮らしている者は贅沢三昧だが、国民の多くは徐々に貧困化している。これはその人その人の能力や資質以上に、境遇が大きく影響している。
持てる者も、持たない者も、親から子、子から孫へと境遇が受け継がれる傾向が強いのだ。
かつてのこの国なら、金持ちが我が物顔に振る舞うようになると、「一揆」が起きた。
貧民は、贅沢の象徴のような場所を襲撃するわけだが、さしづめ今なら「●●●ヒルズ」だろう。
この2人もそこに住んでいるが、焼き討ちされるのもそう遠くないぞ。

「美味しい物は、美味しく食べられるところに行かなければ、本当の味がわからないぞ」
俺は金持ちではないが、食い物にだけはこだわりがある。
修行のために、毎日家で家族の食事を作っているが、「生まれかわったら料理人になりたい」と思うほどだ。
「じゃあ、本物の味を教えてあげる。三陸の北の方に△※岬というところがあるが、そこは切り立った崖なので、下には降りられない。潮流が激しいので、船でも近づけない。そのせいで、そこの崖の下には、大きなウニがいる」
普通なら採れないわけだが、漁師にも物好きがいて、危険を承知で小舟でそこに行く。
これは孫に食べさせてやるためだ。
祖父さんは孫のためなら命まで賭けるからな。
十個も獲れば、その漁師はすぐに戻るのだが、そのウニが余った時は岬の上にある小さな魚屋でそれを売る。

「売値は牛乳瓶1つ分で、わずか5百円だ。どこか漁港で同じ量のウニを買えば、だいたい3千円だけどね。取り寄せは出来ないし、行っても買えない可能性が高い。だが、オレは偶然そこを通り掛かった時に食べたその味が忘れられずに、時々、車を駆ってその岬に行くんだよ。ウニが無ければ、水揚げしたばかりの生きているイカを食べる。本当に美味しい物が食べて見たいなら、今これから出ればちょうど店に出る頃にそこに着くよ。片道はちょうど12時間かかるわけだしね」
一瞬の間、2人が黙る。
しかし、さして間をおかず男の方が頷いた。
「ケンちゃんがそう言うなら、俺は行くよ。そのウニやイカを食べてみたい」
「私も行くわ」
2人とも、こちらの想像以上に暇を持て余していたのだった。

すぐに車に乗り、高速道を北上する。
高速を八戸で降り、今度は一般道を南下した。
ところが20キロほど進むと、工事で道が通行止めになっていた。
やむなく、オレたちは一旦、内陸側に迂回した。

△※岬まで、あと7、8キロ。
夜が白々と明けて来た。
「もうじきだな」
そう口にした途端に車が停まった。
「どうしたの?」
「どうやらエンジントラブルのようだな。こんなこと、滅多に起きたことが無いのに」
車は男の物で、高級な外車だ。
「ここじゃあ、携帯が繋がらないぞ。繋がったとしても、この外車をすぐに修理できるような車屋がみつかるかどうか」
「じゃあ、歩こう。岬まであと数キロだろ。食うべき物を食ってから対処しよう」
せっかくここまで来たのだから、そっちが先だ。

人間、ゴールが近くになると、あっさりとは諦められなくなる。
「私。靴がないわ。この靴じゃあ歩けない」
「大丈夫。後ろに俺の女房のスニーカーが入っている。ジャンパーもあるから、息子のリュックに入れて行こう。海の近くは寒いんだろ」
「それが良いよ。2時間も歩けば岬に着くが、歩くのをやめたら、きっと寒さでしんどくなる」

オレたち3人は、車を出て山道を歩きだした。
まだ早朝なので、通りかかる車もない。
真っ暗な道を、トボトボと歩いた。

1時間ほど歩くと、道の横にシャアシャアと水が流れていた。
「喉が渇いたな。あの水飲めるの?」
「上を見て、それが人気の無いただの山なら大体飲める。畑や人家があればダメだね」
近寄ってみると、沢の傍にカップが置かれていた。
「飲める水だってことだね」
3人で交互にそれを飲んでみた。
「さすがに美味いね」
「4、5キロは歩いたからだね」

さらに1時間ほど前に進んだ。
「かなり歩いているつもりだが、岬はまだ先だね。カーナビでは平面距離しか出ないからね。起伏があり、坂を上り下りしているから、思ったより時間がかかりそうだ」
「さすがにそろそろ腹が減ったね」
「そうだわね」
「思い立ってすぐに出て来たから、何も持って来ていないね」
ここで男の方が何かに気付いたらしい。
「そうだ。息子のリュックに何かあるかも。中を見てみるか」
男がごそごそとリュックの中を探る。

「あったあった。ほら」
男が取り出したのは、給食用のコッペパンだった。
「息子の学校のだ」
「お前。金持ちなのに、子どもを公立に行かせてんの?」
「当たり前でしょ。親が良い暮らしをしていて、その子どもが小中高と私立のボンボン学校に通ってたら、世の中の何がわかる。うちは小中は公立に行かせることにしている。多少のイジメを経験するくらいでちょうど良い」
「ふうん。案外、お前はまともなヤツなんだね」
「それって、全然褒めてないけど」
「はは。違いない」

オレたちはそのコッペパンを3つに割って、3人で分けた。
ついていたことに、リュックの底にはマーガリンまであった。
「美味い」
「本当に美味しいわ」

男が再び何かに気付いたような表情に変わった。
「おい。もしかして、『本当に美味しい物』のオチってこれになったりするの?お腹が空いた時に食べる物は美味しいとか、まるでディズニー映画かイソップ童話みたいなオチに」
これに、オレは大きく首を振った。
「まさか。そんなに甘くないよ。腹が減って美味しく感じるのと、本当に美味しいのとは違うだろ。さあ歩くぞ。あともう少しだ」

この時、オレの方は「七輪の上でアジの干物を焼いて食ったら、さぞ美味かろう」と想像していた。
それと、白飯とアオサの味噌汁だな。

ここで覚醒。