日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第306夜 山頂に咲く花

昨夜、仮眠を取った時に観た夢です。

俺の命もあと半年。
持病が悪化して、医者に「それほど持たない」と宣告されてしまった。
まだ動けるが、あと1、2か月すると、病院で暮らすことになるらしい。

俺が死ぬと、部屋の後片づけが必要になるので、いっそのこと、動けるうちに自分で片づけることにした。
俺の道楽は、古い昔の古文書を集め、解読することだ。
ひとつ1つ古文書に番号を振っては、寄付する物と、売る物とを分けた。
もはや重量のある物を運べなくなっているので、売却はネットオークションだ。
毎日、「締め括り」に追われる日々だが、俺自身の締め切りが近いので致し方ない。

ところが十日前のことだ。
俺は自分の書庫から、あまり見慣れない文書を見つけた。
目を通した覚えがない。
それどころか、いつ入手した物か、まったく記憶が無い。
「ま、そういうこともあるか」と、パラパラとめくってみた。

古文書は2百年前の物だった。
その古文書には、「30年に1度、吉祥真山の斜面に、天女草の花が咲く。この花の花弁をひと口食べると、寿命が10年延びる。ふた口食べると20年延びる」と書いてある。
吉祥真山という名の山は、今は無くなっている。
しかし、俺の郷里のすぐ近くにある山が、昔はこの名前だった。
さらに調べてみると、その30年に1度の年が今年で、なおかつ花が咲くのは今の季節だった。

「30年に1度咲く花かあ。あの山ならそれほど高い山ではないし、行ってみるかな」
もちろん、駄目元だ。
とりあえず、あと数か月ある。人生を諦めるのはまだ早い。
もしかすると、寿命が少し伸びるかもしれない。
とまあ、実際のところ、そこまで期待はしていないが、「30年に1度、山の斜面に咲く花」となれば心惹かれるものがある。

俺はさっそく支度をして、その山に向かった。
わずか1千数百辰了海覆里如∈なら俺でも登れる。
普通の登山道を上ってみたが、普通の高山植物がチラホラあるだけで、天女草らしきものは見当たらない。
そうこうしているうちに、頂上に着いてしまった。
「おかしいな。何もないぞ」
仕方なく、もう一度調べ直すことにして、この日はそのまま下山した。

改めて記録を遡ってみると、今の登山道は昔のものとは違っていた。
2百年も経っているのだから、それもその筈だ。
百年近く前に、従来の登山道が崩れてしまい、通れなくなってしまったようだ。
「なるほど。それで伝説が消えてしまったわけだ」
古い方の道は、山のすっかり裏側にあったようだ。
急斜面で、山頂に向かう途中で、岩肌が抉れている。

翌日はその山の裏側に回ってみた。
しかし、やはり勾配が急すぎて登れない。
「いかんなあ。俺の体ではとても登れないや」
斜面の傾斜角は70度くらいあった。
しかし、ここで俺はピンと来た。
「登るのは無理だが、下りるのは出来ないことも無い」
百年の風雪が岩を風化させ、尖った岩も丸くなっている筈だ。
つまりは、まず表から山の頂上に登り、そこからロープを垂らして、天女草の咲く岩棚に降りるのだ。
問題は帰路だ。目的の岩棚からは上には登れないし、下に降りるには2百メートルの長さのロープが必要になる。
「そのロープを俺が上まで運ぶのは無理だろ」
でも、頭が冴えている時は、良いアイデアが思い浮かぶ。
「どうせ死ぬんだ。ヘリをチャーターしよう」
ヘリ代は数百万ほど掛かりそうだが、どうせ金はあの世には持って行けない。
手順はこうだ。
ヘリコプターでロープを運び、山の頂上に下ろしてもらう。
それを頂上の岩に結わえた上で、裏側に降りれば良いわけだ。
しくじれば、その岩棚から戻って来られなくなるが、どうせ数か月先には死ぬ体だ。
「どおってことはないよな」
早速、ヘリの会社に依頼し、なるべく早くヘリを飛ばしてもらうことにした。
「5割増しで料金を払う」と申し出たら、翌朝すぐに飛ばしてくれた。

俺はその山の頂上に、ロープと一緒に下ろして貰った。
それから、山頂の一番大きな岩にロープを結び、裏の斜面にロープを垂らした。
そのロープを伝って、俺は目標の岩棚に降りて行った。
この岩棚までは、直線距離でわずか50メートルだ。

「なんだ。いざ来てみりゃ簡単だったな」
その岩棚は幅が10メートルで、長さが30メートルの広さがあった。
さすが自然の行うことは、人知をはるかに超えている。
山の頂上付近にあるその岩棚は、人間が作ったかのように真っ平な場所だった。

周りを見回すと、一番南側の岩陰に、一株の草が生えていた。
背丈は2メートルあるかないか。
枝が5つに分かれていて、その枝に3つずつ花が咲いていた。
白い小さな花だった。
「これが30年に1度咲くという天女草か」
俺はその草に近付き、上の方に咲いていた花を1つ採り、口に入れた。
花を口に入れた瞬間に、全身にさわさわとさざ波が立った。

しかしそれも一瞬だ。
「これで本当に10年間も命が延びるのか?」
ま、今さら疑っても仕方がない。
2つ3つと食べようかとも考えたが、10年もあれば十分だ。
「もし、俺が無事に下界に帰れるようなら、他のヤツの為に花を残しておかないとな」

ここから先は大変だ。
またもやロープを伝い、今度は150メートルも真下に降りなければならない。
俺は岩棚からロープを垂らすと、それにつかまって、下に降り始めた。
さすがに山の上だ。風が強くて、振り落とされないようにするのも、やっとこさだ。
30メートルほど降りると、また岩棚があった。
俺はそこでひと休みすることにした。

ここは上の岩棚と同じような広さだったが、ぼこぼこと岩が突き出ていた。
俺は何気なくその岩のひとつに腰を下ろした。
「うわ。何だこりゃ」
慌てて立ち上がる。
俺が座ろうとしていた岩は、岩ではなく何か大きな動物の化石だった。
象のような大きな生き物だ。
「なぜこんなところに」
さらに周りを見回すと、そこかしこに化石やら骨やらが見つかった。
人間も含め、古今東西の生き物の死骸が山となしていたのだ。
「一体、これはどういうことだろ」
すぐにピンと来た。
今、俺がいるここは岩棚ではなく、おそらく道だった。
この道が山を回るように山頂に繋がっていたのだ。
何百万年もの昔から、生き物たちがこの道を通って上を目指したが、しかし、到達する前に息絶えてしまったのだ。
それが証拠に、これらの死骸は皆、山の上の方に頭を向けている。

山頂に向かう目的は、もちろん、あの花があるからだ。
かつての生き物たちは、本能で、その花が「命の花」であることを知っていた。
それで、その花を口にするために、この山の頂上を目指したのだろう。
そして、そういった何万匹、何百万匹もの屍によって、この山が築かれたのだ。

このことに気付いた瞬間、頭の上から大きな音が聞こえた。
ガラガラ、ドッシャーン。
間を置かず、岩ががらがらと降って来た。
俺は慌てて岸壁にへばりつき、落石に打たれるのを避けた。

落石が終わった後、俺はもう一度岩棚の真ん中に出てみた。
すると、山頂の一角が崩れていた。
そして岩が崩れた拍子に、俺のロープをも道連れになり落ちてしまった。

「これじゃあ、もう俺は降りられないな」
俺の体は天女草によって少し延びたかも知れないが、しかし、俺はその命を全うすることなく、この岩棚で死を迎えるのだ。
「なるほど。俺はここにいる化石たちの仲間になるわけだ」
なんとなく納得して、俺はその場に腰を下ろした。
俺と同じような境遇の仲間が何百万もいたのなら、ここで自分が死ぬのも受け入れられる。

俺が死ぬまでには、まだいくらか時間がある。
俺はその時が来るまで、ここから雲や空を眺めて過ごそう。

ここで覚醒。