日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第332夜 霊感

まだ調子がイマイチ。
昨夜も十時ごろには横になりました。

夢の中で眼を開くと、目の前に男が1人座っていた。
「どこで、誰から聞いたの?ま、どうでも良いことだけどね」
オレは何かをこの男に質問したらしい。
男はおそらく五十歳台で、質素なみなりをしている。
白髪交じりの短髪だ。

「霊感を高める練習をして、実際にそれが高まっても、何ひとつ良いことは無い。それが本物の霊感だったらね。『オレには霊感がある』と自称する人は、大概はただの妄想家だよ。本物は煩わしさを避けるためにそのことを隠している」
なんとなく思い出して来た。
オレはこの男に「霊感を高めるにはどんな修行をすればよいか」と尋ねたのだった。
(軽い気持ちで尋ねたが、面倒なことなのか。でも今さら「じゃあ、止めます」とは言えないよな。)

「その理屈ですと、自分には霊感があると自ら言ったことの無い貴方は、まさに本物だっていうことになりますね」
この人が「感応者」だってことは、親戚に霊障を除いて貰った人がいたので、たまたま知ったのだ。
ちなみに、霊感は「能力」ではないし、特別な技能でも無いので、「霊能力者」や「霊感師」と言った呼び方はしないらしい。

「誰にでもこの感覚はあり、ただそれを意識するかしないかの違いだ、とおっしゃって居られると聞きました。私も生き死にの境目や、命のきらめきを身近に感じながら暮らすことが出来れば、生き方が変わって来るのではないかと思います」
オレの言葉に、男が頷く。
「あまり良いことは無いけど、自分の人生を深めるためという姿勢は良いことだね」
ここで男は数秒の間思考した。

「じゃあ、簡単な練習法だけ教えてあげる」
こうして、オレは男から、第六感を鋭敏にする方法を教えて貰った。

家に帰ると、オレは男に言われた通り、3枚の小さな木札を用意した。
15センチ×5センチくらいの園芸用の木札だ。
その3枚の札に、1枚ずつ「日輪」と「星」の絵、それと「夲」(トウ)という文字を書いた。
1枚の木札に1つの絵または文字だ。
次に、庭の東南の角に行き、裏返しにした3枚から1枚を抜き、地面に差した。
残りを玄関に置き、自らは普段自分がいる部屋に戻った。
それから床に横たわり、自分が差した木札が3枚のうちどれだったかを考えるのだ。

考え方も決まっている。
さっき自分が差した時の状況を思い浮かべるのではなく、新たにそこに見に行くことをイメージする。
すなわち、こうだ。
オレは2階の自室に横になっているが、まず最初に起き上がる。
ドアを開き、廊下を歩き、階下に降りる。
玄関に行き、扉を開いて外に出る。
庭の土を踏みしめ、木札の場所に近づき、木札を抜いて裏側の文字を確かめる。
これを頭の中で行うのだ。
回りでがたがた人が動いていると集中力が高まらないので、オレはこの練習を夜中の2時から3時の間にやることにした。この時間帯なら、家族も寝静まっており、邪魔されることは無い。

ひと月が経ち、オレは再び男のところを訪れた。
「集中出来るようにはなって来ましたが、全然当たりません」
男がくすくすと笑った。
「やはり図案を当てるためのものだと思ったのかい?どの木札だったかということは、どうでも良いんだよ」
「え?じゃあ、何の練習をしているのですか」
「体でなく、意識だけを動かすことを練習しているのさ。目を瞑って思い出してみて。君はその時、何か音を聞いたかね」
音だと。
部屋のドアを開けて、庭の木札のところに行くまでに聞いた音か。

「トントントン」と、階段を降りる。
玄関の扉を開いた時に「チャ」という小さな音がする。
庭の芝生を踏みしめた時に、草が折れる小さな音が聞こえる。

「最後のは良いね。良い練習になっている。では、これからは玄関を出た後に、家の周りを一周して木札の場所に行ってごらん」
こうして、次の1か月は、オレは2階から玄関を出て、家をひと回りして庭に出る道順で歩いた。
もちろん、オレの肉体は元の自室に横たわったままで、あくまで想像での話だ。

再びひと月が過ぎ、オレは男の前に座った。
「今度は何が聞こえた?」

階段を下りる音。
階段の下で、居間のドアノブに触れてしまい、「かたん」と響く。
ドアを隔てた居間では、湯沸かし器のお湯が沸騰している。
誰かが起き出して、お茶でも飲もうとしているらしい
玄関口でスリッパを脱ぐと、「パタ」と床が鳴る。
玄関のドアが開く。
扉が後ろで「バタン」と響く。
隣の茂みで、野良猫が「ニャア」と鳴く。
芝生を踏みしめる。
木札を引き抜く時に「かさっ」と土が落ちる。
目の前の草むらから虫の声がする。

「この世は色んな音に満ちているだろ。じゃあ、次は2階の部屋に横になったまま、周囲の音だけを聞いてみると良い。もう慣れただろうから、歩くイメージは要らない。ただじっと耳を澄ませば良いのだよ」
確かにこれもすぐに慣れた。
それまでは、自意識が線を辿っていたが、今は周りの状況を面で把握することが出来る。
木の上で鳥が羽ばたく音。
別の木で、風に木の葉が揺れる音。
虫の泣く声。
蟻が歩く時の足音。
これらを、まったく同時に認識できるようになった。

「音だけじゃなく、今は気配も分かるようになっている筈だ。これまで君が集中していたのは、家の周辺の20辰そこらの範囲だが、そろそろ、家何軒かを隔てた道で人が歩いているのを感じ取れるようになっている」
本当だった。
オレは部屋で横になったまま、50知イ譴織灰鵐咼砲乃劼氾弘?話している内容を聞いていた。
横たわったまま声を聞くことも可能だが、おいおいはその場面を「目視する」ことも可能になるのだと言う。

「世の中には、色んなことを透視する人がいますが、こういう感じなのですか」
「そう。多くは断片的なものだろうけれど、視覚的なイメージが飛び込んで来る」
「なるほど。今みたいに感覚が鋭敏になってみると、『霊感は誰にもある』と言われる意味が、実感としてよく分かります」
今は、隣の家の中で、隣人が料理しており、その時に考えている内容が、オレにもなんとなく分かるようになっていた。

「このまま練習すると、いずれは霊を見たりするようになるのですか?」
オレの質問に、男がにやりと笑みを浮かべた。
「もう、とっくの昔に会っているよ。階段を下りて、木札を見に行く練習をしていた時のことを思い出してみると良い。君が階下に降りた時に、居間の方で人の気配があっただろ。その時、君の家族は全員が、自分の部屋で眠っていた筈だよ」
この瞬間、オレの感覚と記憶が、まるでチャンネルを切り替える時のように変わった。

オレが2階から下に降りた時、確かに、居間に人の気配があった。
今はそれがどういう「女」だったかが見える。
若い女で20歳前後の姿をしている。
だが、オレの家族には、それに当てはまるような娘はいないのだ。
そればかりか、今まで意識していなかったが、これまで、色んなところで沢山の人の気配が動いていたことを思い出した。
もちろん、どれもこれも、到底、生身の人間ではない。

「うひゃあ。霊はそこらじゅうに、うじゃうじゃいるじゃないですか。道と言わず、家の中と言わず、辺り構わずです。この世は霊で満ちている、って感じです」
男が再び笑った。
「煩いくらいだろ。これからはずっとそれが続く。もはや独りで居られる時間は少ないよ。独りになりたいと思うのが、我々共通の願いなのさ。霊感が高まったからと言って、良いことなど1つもないんだよ」

ここで覚醒。