◎ 夢の話 第398夜 「三人の妖婆」
火曜日の午前1時頃に観ていた夢です。
俺の乗っていた飛行機が墜落した。
俺はロシアから大英帝国を目指して飛行機に乗ったのだが、途中でその機がエンジントラブルを起こして、どこか知らぬ山脈の中に落ちたのだ。
否も応も無い。
眠っていた俺が眼を覚ましたら、窓の外には山肌が間近に迫っていた。
しかし、機長はやるべきことをしたらしい。
機は大破したが、乗員乗客167人のうち、数十人は助かった。
もちろん、生きていても、とても起き上がれない状態だ。
俺も腕と足を骨折していた。
雪の山中だ。このままでは凍死してしまう。
呆然と横たわっていると、現地の村人が助けに来てくれたらしい。
数人の人影を見た瞬間に、ほっとしたせいか、俺は意識を失った。
次に俺が目覚めると、俺はどこか石造りの建物の中にいた。
「ここはまるでお城だな」
俺のいた部屋の中には、オレが寝ているベッドとサイドテーブルがひとつ。
それだけだ。
しばらくそのままでいると、老婆が入って来た。
「具合はどうだい?」
見たところ、九十歳にも届いていそうな皺々婆だ。
「まあ何とか」
開いた扉の向こうに空が見える。
こりゃ、随分と高い階にいるんだな。
「他の人たちはどうなったんですか」
俺の問いに老婆が答える。
「二十人助かった。この村の家々で看病をしておる」
「そうですか。有難うございます」
この時気づいたが、俺が怪我をした箇所には添え木が当てられていた。
手際が良い。きちんと、骨を接いであるようだ。
「家族に連絡したいのですが・・・」
老婆はサイドテーブルの上に軽食を置いていたが、ここで顔を上げた。
「ここには電話は無いよ。連絡をしようにも春まで雪で道が埋もれるから、里には行けない」
え。そりゃ不味い。
「すぐに連絡しないと、不味いのですが」
「まあ、二三日中に鳩の定期連絡があるから、それで伝えてやろう」
鳩か。随分と大時代だな。
「いずれにせよ、その足ではどこにも行けん。ゆっくり横になってけがを治すんだな」
これで、この建物での俺の暮らしが始まった。
最初の1週間は寝たきりだった。大小便もこの部屋でした。
尿瓶で用を足すのには抵抗があったが、それをしてくれるのは老婆だったしすぐに慣れた。
俺の世話をしてくれるのは、最初の婆さんと、他に2人いる。
朝と昼、そして夕方に、質素な食事を運んで来た。
俺はただ壁を眺めてその週を過ごした。
十日目くらいから、俺は松葉杖を使って歩けるようになった。
1人でトイレにも行けるし、周りも見て回れる。
そこで部屋の外に出て見ると、この建物は最初に思った通り、古い城だった。
その城の中央にある塔の上に俺は運ばれたのだ。
ところが不思議なことに、この塔には階段が無かった。
正確には、上下を繋ぐ階段には石が埋まっており、行き来が出来ない状態になっていた。
いったい、あの老婆たちはどうやって外に出ているのだろう。
他にも不審なことが幾つかある。
歩けるようになると、夕食を食堂で取るようになった。
「支度が出来た」という声に食堂に行くと、テーブルに食事が置かれている。
かなり贅沢な食事だった。
まあ、この頃には、日中はパンにスープ程度しか与えられていなかったから、腹が減っている。
俺は夕食をそれこそがつがつと食べる。
独りでの食事が終わった頃に、女たちが現れる。
昼は老婆だが、夜に来るのは若い女だった。
皆ピチピチで、露出度の高いドレスを着ている。
女たちは上等なワインを運んで来るので、それを飲む。
心地良くなると、今度は2人が楽器を弾いて、残りの1人とダンスをする。
ダンスは3人平等に踊り終わるまで続けられる。
まあ、俺はまだ足が悪いから、ダンスはかたちだけで、要は男女が体を密着させているだけの話だ。
酒を飲んで、機嫌が良くなった頃に、女と体を寄せ合う。
男ならこれで変な気を起こさない筈がない。
いつの間にか俺の前がもっこりとしてしまった。それを感じ取ったのか、女たちがくすくす笑った。
「OKってことだな」
その夜、部屋で寝ていると、女の1人がやって来た。
そこで、俺たちは激しくセックスをした。もちろん、激しいのは専ら女の方だ。
次の夜は別の女で、その次の夜からは、3人と同時に寝るようになった。
きれいな女3人と激しく燃えているから、ついつい現実を忘れてしまう。
俺が肝心なことに気付いたのは、何日も後になってからだった。
「あの女たち。いったいどこから来るんだろう」
だって、階段は塞がってるし、上り下りすることなど出来ないじゃないか。
それに、若い女たちは陽が落ちてからしか姿を見せない。
日中は老婆で、夜は若い女。
なんだか、おとぎ話で聞いたことがあるような展開だ。
「境目はあの夕食だな」
婆さんが部屋の外で声を掛ける。
夕食は俺独りで食べ、それが終わると若い女たち。
セックスをすると、俺は眠ってしまい、女たちは消えている。
「じゃあ、あの夕食を食べなきゃ良いんだな」
俺は次の日に確かめてみた。
夕食を食べずに、用意していた野菜袋に隠したのだ。
すると、食後に現れたのは老婆たちだった。
「うげ。若い女だと思っていたのは、この婆さんたちだったか」
俺は九十過ぎの婆さんたちと、毎夜毎夜、燃え盛っていたわけだ。
「こりゃ飲まずにいられない」
俺はワインを一気に飲んだ。すると、一瞬にして婆さんたちが若い女に変わった。
ありゃ、ワインにも何か薬のような物が入れられてら。
次の夜は、食事をせず、ワインも飲まなかった。
すると、婆さんたちは婆さんのままだった。
「こりゃどうやら、俺は騙されているらしい」
こいつらはきっと鬼か魔女だ。
ならこいつらに悟られないようにしないと。
俺は必死で、その夜のお務めを果たした。
寝たふりをすると、婆さんたちは順番に俺の膝の裏側付近を齧って、血を吸った。
あろうことか、俺の血の配分のことで喧嘩までしていた。
「飲み過ぎたらダメだよ。もうコイツしか生き残っていないのだから。我慢して大切に吸おう」
なんてこった。
他の乗客は、こいつらに食い殺されたってことだ。
たぶん、ここの村人の全部が、人を食う鬼なのだ。、
この城の俺のいる塔は、地上から三十辰旅發気ある。
階段は無く、外から降りて行こうにも、壁面は80度か70度の急斜面だった。
「あの妖怪婆たちはどうやって行き来してるんだろ」
それが掴めれば、ここから逃れられるかもしれん。
俺は密かに様子を見ていたが、その方法はすぐに分かった。
あいつらは、空を飛べるのだ。
夕方になり、陽が落ちると、あいつらは背中の皮を拡げて、コウモリみたいに滑空できるようになる。
まあ、飛べる距離は長くは無いから、コウモリと言うよりムササビだな。
このまま毎日血を吸われていたら、やはり俺だって他の乗客と同じように死んでしまう。
何とか逃げ出さねば。
足が概ね治った頃に、俺は妖婆たちが食事を作っているところを盗み見た。
妖婆たちは、俺の食事に、茶色の粉をまぶしている。
「あれだな」
俺は妖婆たちが、塔の外に出た頃合いを見計らって、厨房に行き、棚の瓶から茶色の粉を盗み出した。
これはきっと幻覚剤だろ。
それなら、あの婆たちにだって効くはずだ。
食事の後、女たちがやって来る。
ワインを持参して、皆でそれを飲む。
薬が入っているのはオレのグラスだけの筈だが、この夜は違う。
俺は飲んだふりをして、女たちのグラスにしこたま粉を入れた。
女たちは程なく眠ってしまったが、なんとその姿は若くなっていた。
「ありゃりゃ。これを飲むと他の者が別の者に見えるが、自分自身も変身してしまうのか」
なんだか、知恵を絞れば何かに使えそうだ。
俺は残りの粉をポケットに入れ、ここから逃げる支度を始めた。
話は簡単だ。
シーツを繋ぎ合わせて、ロープにすれば良い。
朝までにここから逃げ出してしまえば、日中、あの婆たちは普通の年寄りだから追い付けない。
俺は3時間掛かってロープを作り、窓からそれを垂らした。
俺はそのロープを伝って、塔の壁面を降り始めた。
ここまでは俺の計算通りだった。
だが、ちょうど真ん中付近に来た時、ロープがぷっちりと切れてしまった。
万事休す。
これで俺もおしまいだ。
そう思った瞬間、俺は塔の壁面を走っていた。
ほんのわずかな傾斜を足掛かりにしていたのだ。
「なんだこうやって逃げれば良かったのか」
こんなことなら、もっと早く逃げ出せば良かった。
下から俺の顔に当たる風が本当に快適だ。
痛快ってのはこんな気分だろうな。
まるで空を飛んでいるような心地良さだ。
「あ~気持ちいい」
俺が両腕を広げると、ばあっと音がして翼が広がった。
俺はその翼を利用して、空を滑空し、ゆっくりと地上に降りた。
「なんだ。俺って空を飛べるじゃないか」
やれば出来るよな。
しゅうっと翼を畳んで、俺は今の事態に気づいた。
「だめじゃん」
俺はもうあの妖婆たちの仲間になっていたのだった。
ここで覚醒。