日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎不思議な感覚

◎不思議な感覚

 半年ぶりに某ショッピングセンターに行きました。
 平日のここは人が少なく、暗い駐車場がやや苦手な当方でも難なく車を停められます。
 買い物を済ませ、帰ろうとした時に、ある食品が思い浮かびました。
 「そろそろカーサンがあれを食べたいと思っているかもしれん」
 そこで、フードコートに行きました。
 目当ての店で注文をすると、「2、3分掛かる」との話です。
 このため、フードコートの椅子に座って待つことにしました。

 椅子に座って、場内を眺め渡します。
 三百人は入りそうな広さのスペースに、客は十数人だけです。
 すぐ近くに、父子がいます。
 三十台後半のお父さんと、娘が2人。おそらく5歳と3歳くらい。
 「お母さんは中で買い物中なんだな」
 奥さんを待つ間、旦那さんが子どもたちにラーメンを食べさせようとしているわけです。
 お父さんが運んで来たラーメンは1杯で、これを小茶碗2つによそって、2人の子どもに分けていました。
 子どもたちは可愛い盛り。お父さんは愛娘のために、甲斐甲斐しく働いていました。

 「今は大変だけど、楽しいだろうな」
 当家の周りは工場地帯で、住民の大半が某自動車会社の工場で働いています。
 勤務時間のシフトが頻繁に替わるので、時間のやりくりが大変そうです。
 30歳台なら、お金のやりくりだって大変で、たぶん、共働きでしょう。
 
 「自分にもこういう時があったよな」
 上の娘二人が5歳と3歳で、まだ息子は生まれていない。
 こういうフードコートに連れて来て、食事をさせました。
 ほんの少しだけ、その時のことを思い出しました。

 ほんの数分間、見知らぬ父子のことを眺めていたのです。
すると、自分でも気づかぬ内に、眼から涙がこぼれていました。
 何を思うわけでも無く、さして喜怒哀楽を感じていない状況なのにもかかわらず、涙を零しているのです。
 「いったい、これはどういうことだろ?」
 齢を取って、涙もろくなっているとは言え、他所の親子を眺めているだけなのに、泣いているとは。

 「冷静に見たら、オレはまさに不審なオヤジだよな」
 早くここを出なければ。
 ちょうどそこに、頼んだ食品が運ばれて来たので、そそくさとその場を立ち去りました。

 車に乗って家に帰る途中、「昔。公園で景色を眺めながら涙を拭いているお年寄りがいたけれど、こういうことだったのか」と思い当たりました。
 本人は、悲しい訳でも、昔を懐かしんでいる訳でもなく、ただ他の人の幸せそうな姿を眺めて、心を揺さぶられている訳です。
 何とも言えぬ不思議な感覚でした。

 公園のベンチに座る老人の 手に握られし白きハンケチ

 連句にしないと、父子の姿が視野に入りません。
 (そもそも歌づくりは下手ですが。)
 散文なら三行で書けそうですが、抒情的に意図が伝わるのは、50歳台以降だろうと思います。