日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

扉を叩く音 (30)

5月2日午前1時58分の記録。

夕食後、居間のテレビの前で寝入っていました。
動悸がして目を醒ましたのが、ちょうどこの時間でした。

動悸がするのは久し振りです。
「調子が悪いのか」
そこで、ひとまず横になったままじっとしていることにしました。
視線の向こうには、台所がありました。
家人が夕方取りいれた洗濯物がぶら下がっています。
ハンガーに掛けた衣類です。

すると、私が見ている前で、その服が動き出しました。
最初はわなわなと震える感じ。
次は手で揺すっているような動き方です。

「おお」
やはり、この世では、時として説明のつかないことが起きます。
スマホがあれば撮影できるのだが」
しかし、手元にはありません。
体を起こしたら、その瞬間に止まってしまいそうです。

動悸がさらに酷くなり
、心臓が「早鐘のように」打っています。
(使い古された言葉ですが、まさにその通り。)
やはり、物理的な異常を目の当たりにすると、少なからず動揺してしまいます。

街中で、ある場所を通り掛かった時に、「何となくここは薄気味悪い」と感じる。
さっきまで、そこに居ると思っていた人が、一瞬で消えている。
こういうのは、あくまで「そんな気がした」の域で、「気のせい」や妄想・幻聴のことのほうが多いです。
しかし、複数の人が同時に声を聞いたり、こんな風に「風がなく、人が近くにいないのに、物が動く」となると、さすがに戦慄を覚えます。

ああ、びっくりしました。
30分ほどしたら、ようやく胸が静かになりましたので、2階に上がり記録を記すことにしました。
あれが起きたのは、目が覚めて15分くらい経ってからです。
となると、寝ぼけていたわけではありません。
入院中に病院で見たような、心身の変調によってもたらされる幻影などではありません。
心臓が異常にドキドキして、しかも厳しい不整脈が出ていました。

そう言えば、昨夜、家人に言われました。
「去年行った※※の滝の夢を観た。私を呼んでいるような気がするから、明日連れてって」
明日(もう今日ですが)は法事なのですが、それは夕方から。
日中なら行けます。
でも、滝に呼ばれているのは、家人ではなくダンナの方のような気がします。
女性の目だけが写真に写った、あの滝のことです。
何かメッセージがあるのかもしれません。

この手のことにはあまり驚かないのですが、返す返すも今回は驚きました。
他に説明のしようがありません。