日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第513夜 陽炎人

夢の話 第513夜 陽炎人
19日の午前六時に観た夢です。

瞼を開くと、目の前に靴がある。
小さな靴で、小学生が穿くものだ。
僕はそれを穿こうとしている。
「ってことは、僕は小学生なんだな」
立ち上がって、靴箱の姿見を見る。
やはり小学生だった。五年生か六年生だ。

ドアを開こうとすると、後ろから母が「陽炎人に気をつけるのよ」と言った。
「カゲロージン。一体それは何だろ」
まだ頭がはっきりせず、思い出せない。
道に出ると、隣の家のヨシコちゃんが立っていた。
「ケンジ君。おはよう」
「おはよう。今日はどこに行く?」
「栗拾いがいいよ。熊野神社の下に栗がたくさん落ちていたから」
この地区の外れに小山があり、その上には熊野神社があった。
神社の周囲には栗の木がたくさん生えていたのだ。

「陽炎人、出ないかな」
「あそこじゃ、出たって聞いたことがないよ。陽炎人は山に登ったりはしないもの」
ここで次第に記憶が蘇る。
「陽炎人」のことも思い出した。
陽炎人は直径70センチくらいの繭玉だ。
普通は地面から1メートル強のところに浮いている。
風船みたいに宙をふわふわと漂っているのだ。
何となく愛嬌のある姿かたちだが、コイツは恐ろしいヤツだった。
生き物を見かけると、陽炎人はそれを追い掛けて、頭からその生き物を食ってしまう。
「食ってしまう」は正確な言い方ではなく、実際は「吸収してしまう」だが、印象はやっぱり食う感じだ。
意思があるような動き方をするから、何時の間にか名前の後ろに「人」が付けられた。

恐ろしいヤツだが、脚は速くない。
百メートルを18秒くらいのスピードでしか移動できないし、その速度が続くのは80メートルくらいまでだった。
若者や子どもたちの脚なら、簡単に逃げ切れる。
街区の中の曲りくねった道も苦手なようで、そこで見つかっても、少し走れば逃げられる。
でも、お年寄りは捕まった。太った人も、病人も駄目だ。
犬や猫も捕まる。こちらは別の理由で、陽炎人には敵意が見えず、逃げないからだ。
そういうわけで、今では街にお年寄りは少ないし、ペットも見当たらない。
家畜などは、厳重に戸締りの出来る建物の中で管理されている。

僕とヨシコちゃんは、熊野山に登り、そこで栗を拾った。
外は危険だから、栗拾いをする人はほとんどいない。
だから、ほんの十分で袋一杯の栗を拾うことが出来た。
「ちょっと座って休む?」
「うん」
僕らは境内の端にある大きな岩の上に腰を下ろした。
ここからは、山の下が一望できた。
数キロ先の街や田畑まで、はっきりと見える。

何気なく、山の下の道に目を遣ると、若いお姉さんが歩いていた。
年の頃は二十歳くらいだろうか。
前は僕にもお姉ちゃんがいたけれど、陽炎人が出始めた頃、ヤツに捕まってしまった。
お姉ちゃんはまだ高校生だったのに、消えてしまったのだ。
道を歩く女性の姿が、自分のお姉ちゃんが重なる。
僕は何だか悲しくなった。
「ケンジ君。あれを見て」
ヨシコちゃんが指差した。
指差した先は、女性の後ろの方で、そこには陽炎人がいた。
陽炎人は女性の後をつけ、こっそりと近付いていたのだ。
「早く気付かないと、危ないよね」
お姉さんと陽炎人の距離は、三十メートルほどだった。
しかも、道はこの山の周りを回っていたが、その先の方にも陽炎人がいた。
「挟み撃ちをしようとしてるんだ」
二年前、あいつらが現れた最初のうちは、多くの人が食べられた。
でも、最近は、あれに慣れたせいで、捕まる人がかなり減った。
「だから、あいつらの方も作戦を変えているんだ」
「教えてあげなくちゃ」

ここで、僕らははるか下の道をゆくお姉さんに叫んだ。
「お姉さん。危ない!!前と後ろに陽炎人がいるよ」
「お姉ちゃん。横道に逃げてえ!!」
何度目かの時に、ようやくお姉さんが声に気付いた。
振り返ると、すぐ近くに陽炎人がいて、既に前の陽炎人も見えていた。
お姉さんは、道を降りて、田んぼのあぜ道に入ると、一目散に走ってその場を離れた。

「良かった。どうやら逃げ切れたみたいだ」
「うん」
しかし、良くはなかったらしい。
獲物を逃した陽炎人が道に留まり、じっとしていたからだ。
「何だか。こっちを見ているみたい」
「やっぱりそんな気がする?」
僕らが腰を上げると、山の下に居る陽炎人がもの凄い勢いで二手に分かれた。
この熊野山に登る道は、山を真っ直ぐに越える一本道だった。
「不味い。今度は僕らを挟み撃ちにしようとしている」
そうなると、道を逃げるのは不味かった。
そこで、僕らは道を外れ、ゴツゴツした岩の合間を通って、下に降りることにした。
もちろん、これにも危険はある。
陽炎人は空中を動くから、下がどんな状態でも速度は変わらないが、僕らは遅くなるからだ。

「急ごう。ヨシコちゃん」
二人大急ぎで岩の間をすり抜ける。
僕らはやっとのことで、岩場を抜け、山裾の藪まで下りた。
だが、僕らから五メートル後ろに、陽炎人が迫っていた。
「ケンジ君。わたしはもう駄目。独りで逃げて」
そんなことが出来るわけがない。
僕はヨシコちゃんの手を握って、強く引いた。
後ろを振り向くと、もはや陽炎人は手が届く距離に浮かんでいる。

その時のことだ。
僕らの前の方の草むらがガサゴソと音を立てた。
そして、そこから大きな黒いものが姿を現した。
「熊だ」
後ろは陽炎人で、前が熊。絶体絶命だ。
僕はヨシコちゃんの手を掴んだまま、その場にしゃがみ込んだ。
これがたまたま功を奏したらしい。
陽炎人と熊が対峙する構図になったのだ。
双方は直ちに相手を認め、真っ直ぐに走り寄った。

勝負は一瞬にして終わった。
熊は右腕を一旋し、陽炎人を叩き落したのだ。
それから、熊は陽炎人を踏み付けて止めを刺した。
熊は鼻を近づけて匂いを嗅いだが、すぐに顔を背けてそそくさとその場を離れた。
僕らはしばらくの間、そこにじっとしていた。
熊が完全に去ったのを確かめて、やっと腰を上げてみる。
地面には、陽炎人の残骸が残っていた。
「陽炎人の中ってどうなっているんだろ」
日頃は、繭みたいな姿で、その中身を見た者はいなかった。
僕は、木の切れ端を拾って、陽炎人をつついてみた。

陽炎人の本体は、ごく小さなものだった。
梟の羽毛のような触手に覆われていたのだ。
その中にいたのは、クラゲみたいな胴体に、猿に似た頭を持つ異様な生き物だった。
「でもこれって、生き物なのかしら」
ヨシコちゃんが呟く。
僕はもう一度、ヨシコちゃんの手をとった。
「さあ、すぐに帰ろう。まだもう一匹、この近くに陽炎人がいるからね」

ここで覚醒。

「陽炎人」は「煙玉」、すなわち、「現実界と幽界を繋ぐものが、放射能汚染によって変化したもの」という設定のようでした。