夢の話 第606夜 アンドロイド
9日の午後7時に観た夢です。
瞼を開くと、オレはベッドに横たわっていた。
「ここはどこだろ?」
白っぽい壁に、グレーの天井。
「どうやら病院みたいだな」
ドアが開き、女が入って来る。
白衣を着ているが、頭がツルツルだった。
「眼が覚めましたね」
「はい。ここは病院ですか?」
「そうです」
「あなたはお医者さん?」
「わたしは医者であり看護師です。雰囲気が違うでしょ。何故ならわたしはアンドロイドだから」
「え。冗談でしょ。少し変わった人にしか見えませんよ」
女医というか、病人に見える。抗ガン剤治療を受けている患者のよう。
「ちょっと手を触れても良いですか」
一応、そう断り、女医の手に触れてみる。
生ぬるい。人間の体温じゃないようだ。
「わたしはアンドロイドです。体温は25度に設定されています」
「でも、触感は人の肌だよ」
「たんぱく質の有機AIですから、ほとんど人間と同じです。機能も人間と同じですが、痛覚が鈍いのと、遺伝病を持たないところが違います。感染症もまれですね」
「あとは同じ?」
「それと、寿命がほぼ250年間だってところですね」
病気がないのに、期限が来たらパタッと死ぬわけか。
「ところで、オレはどうしてこの病院にいるわけなの?」
有機AIがほんの少し微笑む。アンドロイドでも無表情ではないのだな。
ま、機械ではなく、たんぱく質の組織だから、それくらいは出来そうだ。
「あなたは宇宙飛行士でした。あなたが星間飛行をしている間に、科学が飛躍的に発展して、わたしたちが生まれました。あなたは、ほとんど冷凍睡眠状態にあったので実感がないでしょうが、出発してから200年経ちますからね」
そのことは予めレクチャーを受けたから知っている。
「でも、どうやって君らが生まれたの?」
「生物は受精すると、急速に細胞分裂を繰り返すのですが、その途中で生命の歴史を振り返ります。ほら、人間だって、受精卵が赤ん坊の姿になるまでに、魚みたいな形だったり、別の哺乳類みたいだったりするでしょう。すなわち、遺伝子の歴史は、元々、どの生物にも記録されていたのです。そこで、まずアミノ酸を合成し、それからたんぱく質を作ります。そのままではただ崩壊するだけですが、生物の遺伝子情報をたんぱく質に組み込むのです。様々な生物から要素を抜き出した情報を使うのですが、最後は人間の脳の構造を移すのです」
「雑音の少ない有機体を合成し、そこに知能の基盤を植えるというわけか」
「あら、あなた表現がお上手ですね。その通りです」
ここでオレは体を起こし、ベッドの縁に座った。
「喉が渇いたな。何かないの。ところで、貴女には名前がありますか。者を頼んだりする時に、名前があると便利なんだが」
「わたしには特に名前はありませんが、AIですから、ひとまずそれをもじってアイでどうですか」
女医はオレに背中を向け、部屋の隅に歩いた。
病室は広くて、ベッドが30くらい入りそうだが、オレはその中央にポツンと一人で横になっていたようだ。
女医が戻って来ると、手にグラスとジュースの瓶を持っていた。
「これはオレンジジュースみたいなものです」
「みたいなもの?ジュースじゃないのか」
「ええ。今はオレンジはありませんが、同じ成分の液体なら作ることが出来ます」
オレはグラスに口をつけ、ひと口飲んでみた。
「オレンジだな。これで合成なのか」
「物自体はオレンジジュースと変わりありません。ただ合成されただけの違いです」
樹に生ったものでなければオレンジとは言えんだろうが、しかし、成分が完全に一致していれば、やはりオレンジだ。
この辺は科学ではなく、哲学だ。でも、科学ってのは、世界を理解するための一手法で、哲学の下位領域だ。となると、科学的思考のルールに従えば、結論はひとつ。
「成分がぴったり同じなら、これはオレンジだな。作り方が違うだけだ」
ここでオレは思いついた。
「じゃあ、アイさん。君ら有機AIは生物なの?」
「そうです。ノイズが少ない生物です」
「見た目は人間だけど、人間と同じなのか、人間そのものなのか。どっち?」
ここでアイ女史は、数秒の間考えた。
これまで、こんな質問をされたことが無かったと見える。
「人間とほとんど機能が同じですから、人間と言えます」
まあ、見た目からして、まるっきり同じだ。
不要なもの、盲腸とか髪の毛を取り去ってあるだけの違いだ。
「じゃあ、パンツの中はどうなってるの?赤ちゃんはどうやって作るわけだよ」
すると、アイ女史はすぐにスカートを捲り上げ、中をオレに見せた。
「人間と同じです。基盤卵を生殖器に注入し、人間と同じように培養します」
目のやり場に困ったオレは、ここで視線を外に外した。
「基盤卵?」
「たんぱく質で合成した受精卵です」
「となると、受精のための行為、すなわちセックスは不要なわけだ。」
「ええ。有機AIは人間で言えば、女性だけです。男性は不必要ですから」
「今はアイさんの仲間はどれくらいいるの?」
「30万人くらいですね」
「それじゃあ、一家にひとりとかは配置されていないわけだな。お金もちだけが、有機AIを使えるわけか」
オレの呟きが聞こえなかったのか、アイ女史が沈黙した。
ここでオレは何となく嫌な気分になった。
「元から人間だった人間は、今はどれくらいいるの?」
アイ女史は黙ったままだ。
「もしかして・・・」
ほとんど居なかったりしてな。
アイ女史がしぶしぶ口を開く。
「核戦争の影響で、今生き残っている人間はごく少数です。だから、今は人類の遺伝子を合成して、もう一度作り直しているところです。幸い、人間の遺伝子サンプルが手に入りましたので、それで試験しているところです」
「遺伝子サンプルが手に入ったって・・・」
「そう。宇宙から戻って来ました」
う。それって、もしや。
「それはオレのことか」
アイ女史は、上目遣いにオレを見ると、冷たく言い渡した。
「そう、とも、違う、とも言えます。だって、貴方は、宇宙飛行士の遺伝子から作られた、33番目のコピーですもの」
ここで覚醒。