◎夢の話 第412夜 星からの帰還
土曜の朝の3時頃に短い夢です。
オレの名は田中コーイチ。宇宙飛行士だ。
火星探索の旅に出て、ちょうど星の裏側に回った時だった。
突然、地球から緊急連絡が入った。
「この通信が君に届くのは、こちらが発信してから3時間後だ。残念だが、その頃には人類は滅亡している」
「え?」
思わず耳を疑う。
「一体、何が起きたんですか」
しかし、この質問が地球に届くのはさらに3時間後だ。
もし、さっきの話が事実なら、答が返ってくる筈もない。
「君は今、『何故だ』と叫んだことだろう。だからその質問に先に答えて置く」
通信士の話はこんな内容だった。
某国が最近打ち上げた人工衛星は、実は戦略衛星で、中性子爆弾を積んでいた。地球を48回滅ぼすことができるほどの量だ。
自己満足のために持っているだけなら良いが、見栄や対抗意識で作った武器だから、機器の操縦に不慣れだった。
衛星がマシントラブルを起こし、バラバラと中性子爆弾を投下してしまったのだ。それだけなら、ただ海に落ちるだけだが、たまたまそれが危機管理のシュミレーション中の出来事で、衛星が攻撃体勢を取った直後のことだったのだ。
このため、程なく全世界に中性子爆弾が降り注ぐ。
「中性子爆弾じゃあ、爆弾が爆発するわけじゃあなく、放射線が生物を貫き、生き物だけを死滅させる」
「そうだ。中性子はコンクリートも鉄の壁も通過してしまう。だから、地球上の生命は、象からウイルスに至るまで総て死滅する。君は人類最後の人間になるばかりではなく、地球で生まれた最後の生物になるんだよ」
あまりの出来事に言葉も出ない。
人類の終焉だなんて、何世紀も、何千年も先だと思っていたが、まさかこんなにあっけなく現実のものになるとは
「じゃあ、さよなら」
通信士は悲しむでもなく、淡々としている。
まあ、自分独りが死ぬならともかく、全生命が同時に死ぬわけだ。
それも、おそらく数分の内のことだろう。
「いや。もはや、数分のことだったろう、という言い方になる」
だって、2時間以上前に、それは終わってるんだもの。
なんだ。じゃあ、火星探索なんてもはや意味は無い。
オレは回帰航路を取り、地球の周りを219回まわった。
そして、結局は地上に帰ることにした。
中性子爆弾じゃあ、放射線が残っているわけじゃないからな。
地上に降りても、すぐに死ぬわけじゃない。
着陸艇で地上に降り立つ。
外に出てみたが、別段、いつもと変わりが無かった。
ま、そりゃそうだろう。
命が死に絶えただけで、雨風や雲は前と同じだ。
宇宙港に入ると、人が普段仕事をしている時のままで死んでいた。
犬や猫も同じだ。
「まるで蝋人形が倒れてるみたいだな」
そりゃそうだ。ウイルスも死に絶えたのだから、死体が腐乱することはない。乾燥して、温度差でゆっくり劣化して、次第に土に還るだけだ。
しばらくの間はこのままだろ。
そして、いずれ地球は茶色い土と砂漠だけの世界になるのだ。
「なんだか。本当にあっけないぞ」
これが本物の終末か。
ここでオレは緊張感が解け、トイレに行きたくなった。
宇宙港のトイレを探そうとするが、途中で止めた。
「この世界にはオレしかいない。人間だけでなく、動物も虫も、ウイルスさえも、オレのことを見ちゃいない」
なら、どこでウンチをしたって構わんだろ。
オレは道路の真ん中まで行き、そこでウンチをした。
ことが終わった後、オレは舌打ちをした。
「イケネ。ここにはウォシュレットがないや」
それに、流せないと不衛生だよな。
「不衛生ってことはないか。外には黴菌もウイルスもいない。いるのはオレの腹の中だけだ」
ここで、オレは閃いた。
「しまった。こんなところでウンチをしている場合じゃない。場所を選んでやらなくては」
オレの体内には様々な微生物がいる。
これこそ、今の地球にとっては「救世主」そのものなのだ。
なら、微生物が繁殖しやすそうな場所を選ばないとな。
さっきまで、オレの心には絶望だけがあったが、今は違う。
だって、この地球を甦らせることが出来るかもしれんのだから。
これからは、色んなところに出向いてはそこでウンチをしなくてはならない。
「百万年後には、また再びこの地球上に生命が満ち溢れるかもな」
しかも、それは総て、オレのウンチから生まれた生命たちだ。
オレは希望に胸を膨らませ、ビルの屋上に上がった。
「何千万年後かもしれないが、きっとまた人類が生まれて来る」
果てしない遠い未来だ。
だが、もちろん、可能性はある。
ここでオレは世界を眺望して、厳かに言った。
「光あれ!」
今度の「万物の創造主」ってのは、オレ、すなわち田中コーイチさまのことだよ。
神は自分のウンチから人間を創りました、とさ。
ここで覚醒。