日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎救急窓口にて雑感

◎救急窓口にて雑感
 このところ体調がイマイチなので、定期通院の時より長く掛かり、治療やら検査やらで8時間以上病院にいました。
 やれやれ。
 CTの前に座っていたら、その隣が処置室なので、救急患者が入って来ました。
 最初のは若い男性で、大声で「イテテテ」と叫んでいます。
 隊員の話が聞こえましたが、どうやら尿道結石らしい。そりゃ痛いでしょ。
 結石系はどれももの凄く痛いらしい。膵炎もかなり痛いが、結石も差し込まれる痛みです。
 その次が高齢の男性。看護師が呼び掛けているのに、返事をしません。
 こっちは心臓とか脳の梗塞か出血ですねえ。
 意識が無いのが一番危ないので、先の若者を追い越して、中に入って行きます。
 顔色的にはかなり不味い。病院にいる時間が長いので、救急患者や重篤な患者を見る機会も多いです。経験的に、あの感じは厳しい。
 しかし、ま医療従事者と同じで、間近に人の生き死にを見るので、ごく普通の風景になっています。
 別の病院では、この半年のうちに、隣近所のベッドの患者がパアッといなくなった。
 「ってことは、俺もかなりヤバいじゃん」(笑)
 私は「いやあ参った」「俺もそろそろか」とへこたれつつ、立て直しを図るほうの人種ですが、口先だけでなく本当にヤバイぞ(さらに笑)。
 しかし、メインが心臓なので、症状がガッと来て、そこを生き延びれば、少し楽になります。
 寝たきりになる心配はなさそう。

 患者が手術室か集中治療室に、家族が待機する部屋があるのですが、ここは概ね処置室の近くです。私らが行ったり来たりして、椅子に座っている場所とかなり近い。
 ここにいると、耳学問で色んなことが学べます。
 一生のうちに命に関わるような病気には、そうそう幾度も罹りません。
 なぜ、どういう事情で病気になったのか。
 家族は不安なので、近くに座っている「入院患者」に声を掛けて来ます。
 患者着かパジャマを着ているので、話し掛けやすいらしい。私は患者なのに、家族を励ましたり、慰めたりする役目になることが多いざんす。 
 薬の副作用は、医師に訊くより、実際に使っている患者に訊いたほうが早いです。
 医師は情報として知っているが、飲んだことはありません。
 「どれを飲むと、どこが悪くなる」とはっきりした弊害のあるものもあります。

 90歳の父の小学校の同級生は、今や1人だけ。
 82歳で亡くなった母の小学校の同級生もほとんどいませんでした。
 いずれも、全体で百人には満たない筈ですが、生残率は1割をもちろん切っています。

「平均余命は80台の半ばではなかったか」と言いたくなりますが、あれは元々、「一般的な日本人がそれくらい生きられるか」というものさしではありません。
 「平均」という用語で、「皆がそれくらいまで」と思い込んでしまう。正規分布を思い描くと、平均は「真ん中らへん」ですが、大体、年齢構造は正規分布とは程遠い。
 平均余命は、ある期間の死亡リスクから、日本人全体の「人生時間」の総量を算出し、それを一人当たりの値に割ったもので、その「ある期間」にどれだけ死んだかということに左右されます。
 実際に、特定の年齢層についてゼロ歳から毎年の増減を観察して行くと、全く見え方が違います。
 とかナントカ。
 待ち時間が長いので、妄想するには十分。と言うか、充分過ぎます。本当に長げえぞ。

 母は一年前に、十日に一度くらいのペースで救急窓口に通っていた。具合が悪かったのだろうけれど、精神力を維持出来ていたのは、今さらながらスゴい。
 私の方はじりじりと待つのが最も苦手なので、ジタバタしてしまいます。誰かの悪口を本人に正面から言い、蹴りを入れないと、エンジンが止まってしまいそう。

 デッドラインの近くを経験した人に意見を聞くと、皆が口を揃えて「お迎え本番は、親しい故人がやって来るに違いない」と言います。
 もちろん、その故人は本人ではなく、あくまでイメージだろうと思います。
 母は祖母を見たと思いますが、当方の順番が来たら、おそらく母ですねえ。
 程なく郷里に行きますが、母が最初に手術を受けた病院も訪れる予定です。
 何となく母に会える気がするのですが、実際に見掛けたら、驚くことでしょう。
「お袋。会えて嬉しいが、まだ俺を連れて行くのはやめてくれ」 
 時々、母が傍に立って見ているような気がしますので、事前に言伝て置いた方が良いかもしれません。

 今後の憎まれ口はこれ。
 「俺は崖っぷちだが、まだあと30人くらいには追い越されたいぞ」
 私が有利なのは、「敵(死神)の姿がはっきり見えている」ということです。
 もちろん、見えない方が断然幸せです。