◎セミが止まる男
コンビニにボールペンを買いに行き、レジに並んだ。
すると、後ろから声を掛けられた。
「あのう。すいません」
振り向くと、そこに立っていたのは妙齢の女性だった。
しかも、かなりのきれいどころ。
若い女性の方から声を掛けられるなんて、オヤジにはそうそう無いことだぞ(でしょ?)。
すると女性はこう続けた。
「セミが止まっていますよ。お気づきですか」
指を差した先は、当方の股間だった。
ジッパーの上にセミが止まっていたのだ。
たぶん、車を下りてコンビニまで歩くうちに、どこからか飛んで来て止まっていたというわけだ。
羽が透き通っているから、「ヒグラシ」ってやつだろうか。
その女性の感じからして、虫の類があまり好きでは無さそう。
自分がたかられたら嫌なので、当方にも教えてくれたのだ。
ま、その辺、セミがたかろうが、田舎者は全然平気だ。
昔は夏場、夜になると、電灯に虫が寄って来て、竜巻みたいになったものだ。
小学校の宿題は、当然、昆虫の標本だ。カブトムシやらセミやらが電灯に何百匹も飛んで来るので、夏休みの最終日の夜に集めればそれで終わり。
今は自動販売機の灯りが全部LEDになったから、虫も寄らない。虫にはLED光が見えないとのこと。
虫にしてみれば、真っ暗闇のままらしい。
「外に放してあげよう」とかナントカ体裁を整えて、玄関を出たところで、空に放した。
そこで、空を見上げたまま呟いた。
「なんで俺に止まったんだろ」
その答えには、すぐに気が付いた。
「なあるほど。俺は自由業だから、プータローと変わりない。それなら、このセミが自分の仲間だと思うのも無理は無いぞ」
だってほら、結局は「そのヒグラシ」だものな。
はい。どんとはれ。