日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎『怪談』 第2話 写真

 『怪談』は「夢の話」や様々な人の体験談を元に、「本当にあった、みたいな作り話」として再構成するものです。

◎『怪談』 第2話 写真
 これは今年になり、私の友人に実際に起きた出来事です。
 
 三月前のことです。嶋田という友人の奥さんから連絡があり、私は嶋田本人に会いに行きました。
 嶋田と会うのは、十五年ぶりでしょうか。嶋田はベッドから体を起こし、私を迎えました。
 奥さんによると嶋田はひと月前から入院しているとのことですが、その表情に病人らしいところは見えません。もちろん、それなりにトシを取り、髪が薄くなっていましたが、まだ40歳ということもあります。
 嶋田は私を見ると、近況報告もソコソコに、すぐに本題を話し始めたのです。

 「近藤。今の俺の状態を手早く理解して貰うために、まずはこれを見てくれ」
 嶋田が差し出したのは、1枚の写真でした。
「あ。これは合宿の時のじゃないか。サークル仲間で箱根に行った時のだ。これには俺も写ってら」
 仲間6人が集まって撮った記念写真です。
 嶋田が左端で、私は右から2番目。皆が隣の者の体に手を回していました。
 「俺は滅多に被写体にはならないのだが、この時は写真に入った。せっかく皆で楽しくやっていたんだし、1枚くらい良いだろうと思ったんだ。だが」
 その言葉に、私は写真を見直しますが、別段、取り立てて変な箇所はありません。
 すると、嶋田は声を落として、呟くように言いました。
 「俺の左肩に手が乗っているだろ。隣は金原だが、こいつが背中から手を回しているように見える。だが、よく見ると、金原の肘は俺の腰の右横にある。すなわち、金原は俺の腰に手を回していたんだ」
 確かに、金原という男は両腕を左右双方の友人の後ろ腰に回していました。
「え。そうなると、お前の肩に手を乗せているのは・・・」
 嶋田が頷きます。
 「誰もいない。仲間の手は、全部別のところにある」
 「そうなると、コイツは・・・」
 「そう。所謂、心霊写真っていうヤツさ」
 夏場のテレビ番組では、この手の写真がよくネタにされますが、私は自分のごく身近なところで見るのは、これが初めてでした。

 嶋田が話を続けます。
 「別に驚くに値することではないよ。俺には昔からこういう手が写った。ごく小さい頃からだな。小学校で撮るクラス写真なんかでも、やっぱり俺の体のどこかに白い手が乗っかっていた。同級生が気付いて、よく苛められたもんだ」
「それで、写真に入るのを嫌うようになったのか」
 「ま、そういうことだ」
 私には嶋田の気持ちがよく分かります。子どもの頃から心臓が悪かったので、私はいつも顔色が青白かったのです。そのせいで、「死人」という渾名を付けられました。
 ま、私の場合は、黙って苛められる性質ではなく、相手の家まで乗り込んで行き殴りましたけど。

「おい、近藤。この手の写真は時々、テレビで紹介されるから、誰でも一度は目にしたことがあるだろう。でも、誰一人として気付いていないことがある」
「何だよ、それは」
「皆、ある筈のない場所に手が写っているといって、そっちばかりに見るだろ。その手が乗っかっている人物の方はろくろく見ない。どこの誰かなんて考えもしない」
 「そらま、そうだ。台になっている方の人間は、あくまで添え物だからな。主役は幽霊だもの」
「それ。全部が俺なんだよ。手が写ったり、傍に幽霊が立っていたりする写真に写っている人間は、みんな俺だ。要するに、俺が被写体に入った写真にそういうのが写るってことだ」
 嶋田が言うのは、色んな局が作った番組で流された、それぞれ別の時と場所で撮った心霊写真の被写体は、総て嶋田を撮ったものだということです。
 私は後になり、その類の写真を検索してみたのですが、確かに嶋田の言う通り、総てに嶋田が写っていました。
 海水浴の写真は嶋田が子どもの頃のやつだし、宴会場に立つ幽霊の脇で酒を飲んでいるのも嶋田でした。嶋田自身は記念写真には極力入るまいとするわけですが、他の者は気にせず撮影します。そして、各々が家に持ち帰って、画像を眺めて、そこで初めて発見するのです。
 そういうのが回り回って、心霊番組の制作者にまで流れて行くわけです。

 「これまで、そういう番組で紹介された写真は、全部がお前を撮った画像だったというわけか。じゃあ、その手や人影は、たまたま写ったんじゃなく、嶋田、お前に関わっているということだ」
「その通り。そして、最近、その正体が分かった」
「何故、それが写るのかが分かった、ということだな」
 「そう。大叔父が死に、その葬式に行ったら、大叔母が教えてくれた。俺はその大叔母には一度しか会ったことがない。ごく小さい時に一度だけだ」

 その嶋田の大叔母が語ったという話はこうでした。
 嶋田を育てた母親は、産みの母親ではなく、育ての母でした。嶋田の本当の母親は、育ての母親の姉で、嶋田を産んで程なくして亡くなったのです。
 その時に、母親は親族に向かって、こんなことを言い残したと言います。
「この子を産み落とす時、私はずっととても怖ろしい場面を観ていました。この子が前世で沢山の人を殺すところです。殺される間際に、その人たちは口々に言いました。『お前が次に人として生まれて来る時には、必ずこの借りを返す。怖ろしい目に遭わせてやるからな』。だから、私はたとえ死んでもこの世に留まり、この子のことを守ろうと思います」
 これで「白い手」の謎が解けたのです。

「幽霊の手が写ったからと言って、その後、別段何も起きていない。すなわち、俺の体に出る幽霊には悪意がないということだ。そうなると、死んだ俺の本当のお袋が俺を守ろうとしていた、と考えるのが筋だろう」
 「まったく悪影響が無かったわけだな」
 「ああ、その通りだ。これまではね」
 ここで、嶋田が身を乗り出しました。
 「だが、この話には続きがある」
 私は何となく、こういう展開を予期していました。
 わざわざ十五年も会っていない友人を呼び寄せて語るには、「母が死んでも子を思う」類の話だけでは無いと感じていたのです。

 「俺ももう四十だし、母親に寄り添って貰わねばならないような子どもではない。そう考えて、母親のご供養をすることにした。生前の母の生家の宗教に従って供養を施し、祈祷師を頼んで母の御霊をあの世に送って貰ったのだ」
 「おお、それは良いことじゃないか。お母さんが息子を守るために寄り添うのも、結局は執着心と変わりない。執着心を抱えたままでは、霊はこの世に留まって、いずれ悪霊になってしまうからな。で、上手く行ったのか」
 この時、私は一瞬にして嶋田の表情が曇ったのを見逃しませんでした。
 「実は、それ以後、あまり良いことが無い。見ての通り、俺はひと月前からここに入院しているが、体の2箇所、脾臓と肝臓に腫瘍が見つかったせいだ。今日、お前に来て貰ったのは、他でもない。近藤、お前に俺の写真を撮って貰おうと思ったからだ。お前は物書きで、超常現象の写真も沢山撮っている。精通しているといっても良いだろ。こういうことに慣れているお前なら、ありのままの俺の姿を写してくれると思ったのだ」
 嶋田が私を呼び寄せた理由が、ここで初めて分かりました。
 そこで私はベッドに座る嶋田の写真を撮影することにしました。
 個室のベッドはちょうど窓際で、窓から日差しが40度くらいの角度で入って来ます。
 それと交差するような角度でフラッシュ撮影をするのが、最も「霊を捉えやすい写真の撮り方」なのです。

 「じゃあ、撮るからな」
 私は嶋田にそう告げて、カメラのシャッターを切りました。
 すぐに画像を開いてみましたが、別段何も異変はありません。
 「何もないよ。ほら」
 デジカメの画像を嶋田に見せます。
 「手も女の人も写ってはいないだろ」
 嶋田は安堵したような表情で小さく頷きました。
 「お前は病気で、今は不安になっている。でも、この通り、大丈夫だから、まずは治療に専念することだよ。奥さんだって一番にそれを願っている」
 「そうか。そうだよな」
 この時、嶋田の奥さんは病室の隅で座っていたのですが、私の方に顔を向けて微笑みました。

 「もうお前に付きまとう霊はない。これからは気楽に写真を撮れるよな」
 ここで私は思い付きました。
 「コイツを元気付けるために、敢えてコイツがこれまで嫌っていた記念写真を撮ってやろう」と考えたのです。
 妻や友だちと一緒に、にこやかに笑って撮った画像があれば、病気と闘う励みになります。
 そこで、私は嶋田とその奥さん、私の3人で記念写真を撮ることにしたのです。
 嶋田のベッドに三人が集まり、三脚を使い、自動連写で3枚ほど撮影しました。
 「じゃあ、後でプリントして持って来るからな」
 この時の私は、嶋田の写真に生じる異変のことについては、すっかり話が終わった気分になっていたのです。

 病室を出て、駐車場の車に乗り込んだ後、私は先程の画像を開いて見ました。
 1枚目は、何事もありません。3人がにこやかに微笑んでいます。
 しかし、2枚目からは、私が予想していたものとはかけ離れていました。
 「わ。何だ、これは」
 中央に座る嶋田の体中に、数十もの黒いものが付いていたのです。
 慌てて画像を拡大すると、その「黒いもの」とは、人の手でした。
 ひとが恐怖心を覚えた時には「体毛が逆立つ」と言いますが、まさにその通りで、背筋から頭髪に至るまでがチリチリと音を立てました。
 そして、次の画像を開いてみると、何と言うことでしょう、そこには無数の顔が写っていました。口を開いた亡者の顔が部屋の中に溢れています。
 頭骨が半ば砕けた者や、目玉の飛び出た者。今にも「助けてくれ」と叫びだしそうなどす黒い顔が、嶋田の周りに取り憑いていました。

 ここで私は嶋田の母親が言ったという言葉を思い出しました。
 「私はたとえ死んでもこの世に留まり、この子のことを守ろうと思います」
 この言葉で、これまでの謎の総てが解けました。
 嶋田の母親は、息子が重い業を背負って生まれてくることを知り、幽霊になっても息子を守ろうとしたのです。その母親を供養し、あの世に送ったら、嶋田には守ってくれる者がいなくなります。
 「それじゃあ、嶋田に復讐を遂げようと思う悪霊の為すがままになるということだ」
 それから十日後、嶋田は亡くなりました。
 あっという間に腫瘍が癌に変わり、それが全身に転移したのです。
嶋田は最期、叫びながら死んでいったということです。
 それからふた月が経ちますが、私は頻繁にあの時のことを思い出しては、その都度、恐怖に慄きます。
 友人の嶋田は、自らが前世に犯した因縁がもとで、悪霊に取り殺されました。

 この話の最も怖ろしいところは、その嶋田が「前世で犯した罪」がいったいどのようなものだったかということを、嶋田本人を含め、誰一人として知らぬことです。
 嶋田は何ひとつ事情が分からぬまま、悪霊に取り憑かれ、呪い殺されたのでした。
 はい。どんとはれ。