日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第705夜 旅館

◎夢の話 第705夜 旅館
 25日の午後十時に観た短い夢です。

 我に返ると、俺はまさに玄関の三和土に足を踏み入れたところだった。
 「ここは?」
 広い玄関で、普通の家の広さではない。
 和風の旅館のようなつくりだった。
 目の前には廊下が見え、ずっと奥までそれが続いている。
 何となく嫌な予感がした。

 「ここはもしや」
 やはり見覚えがある。
 この旅館は2年前に散々、苦しめられた、あの旅館だ。
 あの頃、俺は毎日この旅館の夢を観た。
 気が付くと、この旅館の2階に居る。座敷がいくつも並んでいて、各々の部屋に座卓が十幾つ。座卓のそれぞれに人が座り、酒を飲んでいる。
 1卓につき2人か3人の客たちがいて、酒を飲み、声高に話していた。
 だが、ひとり一人が自分の話をべらべらと語るばかりで会話になっていない。
 それぞれが自分の思いのたけを口にしているだけだ。

 そして、そこにあの女がやって来る。
 縞紬の着物を着たその女は、何かぶつぶつと呟きながら、2階の客を次々に捕まえて、各々の心に悪意を吹き込む。
 心を食ってしまうのだ。
 掴まえられた客はへなへなとその場に崩れ落ち、ただぶるぶると震える。
 それが嫌だから、客たちはその女を見ると、散り散りになって逃げて行く。
 もちろん、俺だって必死で逃げる。

 この建物は、外面は50短擁?らいに見えるのだが、中には部屋が数え切れないくらい連なっている。幾つあるのか見当も付かないほどだ。
 「縞女」はけして走ったりしないから、全力で逃げれば、ひとまず遠ざかることが出来る。
 それで少し休めるが、しかし、そいつは2階全体を回って歩いているから、いずれまた近くに来る。そこで、また皆が一斉に逃げる。
 その繰り返しだ。

 何十回とその夢を観たから、俺はそこの状況について、ある程度掴めていた。
 「ここはこの世とあの世の境目の世界。すなわち幽界だ」
 中にいる客は既に死んでいるが、この先どうしたらよいか分からず、この旅館に留まっている。そういう浮かばれぬ魂がこの旅館を作り出したと言ってもよい。
 おそらく、ここの幽霊たちの心にある断片的な記憶を繋ぎ合わせて、この旅館が出来ている。
 そのことが分かったのは、ここの2階の廊下が、俺が昔住んでいた郷里の実家の2階のそれとそっくりだったからだ。
 俺の家の廊下は幅1間を超える広いつくりだったが、その廊下とここは同じだった。
 他の者の目から見ても、ここは自身に関わりのある場所に似たところがあるのだろう。

 遠くの方で、酔客の声がしている。
 俺は2階しか知らないが、1階にも宴会場みたいな部屋があるのだな。
 「いったい、どれくらいの人たちがこの中で迷っているのだろう」
 ここは俺にとってけして好ましい場所ではないが、足を踏み入れた以上は、前に進むほかはない。

 「だって、この旅館の外には何もないからな」
 建物の外は漆黒の闇で、虚無そのものだ。
 外に出ようとすると、その闇に落ちて、永遠にその中に囚われることになる。
 「この旅館のどこかに、現世と繋がる扉があり、俺はそこから外に出たんだったな」
 前回は、この旅館の中を逃げ惑っているうちに、たまたま出口を探り当てることができ、たまたま俺はそこを抜け出たので、この世界から逃れられたのだった。 

 「またここに来ちまったのか」
 さすがにため息が出る。
 幽霊たちが宴会を繰り広げる旅館の中で、出口を探すことになるとはな。
 まるで映画の『シャイニング』のパーティ場面だ。

 似たようなことを実際に経験したことがあるが、すこぶる不快だった。
 「今は夢の中にいるのだろうが、夢と現実の両方で似たような経験をする羽目になってらあ」
 思わず笑いがこみ上げる。
 「今は夢の中に違いない。でも現実って何だよ。今、置かれている俺の状況こそが、俺にとっての現実じゃないか」
 いずれにせよ、もし縞女に捕まったら、俺は虜となり、この世界に閉じ込められたままになってしまう。縞女の抱える悪意を共有したまま、ずっと苦しむことになるのだ。
 「そうしたら、この夢を観ている俺は目覚めることなく息を引き取る。で、ここが名実共に俺の居場所となる。それなら、両方が俺にとっての現実だということだ」

 そうなると、やるべきこと、やれることは1つだけだ。
 悪霊に掴まる前に、早いとこ出口を見つけ出し、この旅館から抜け出るということだ。
 そこで、俺は足を踏み出し、廊下に上がった。
 「気をつけねばならんな。今は1階のようでいて、実は1階も2階と繋がっているから」
 縞女は2階から降りては来ないのだが、実際には1階も2階も無い。俺や他の者たちが作り出したイメージだから、「気が付いたら2階にいた」なんてことが普通にある。

 遠くの方で、叫び声が上がった。
 縞女が現われたのだ。
 バタバタと足音が響く。
 ここで俺はひとつ深い息を吐いた。
 「俺にとっての唯一の救いは、俺が他の者と違って、まだ死んではいないことと、扉の位置が直感で分かることだ」
 眼には見えなくとも、扉や穴があればそれと分かる。
 ここで覚醒。

 取りとめの無い、脈絡の無い内容ですが、「これから嫌なことが始まる」という暗示があります。