◎夢の話 第932夜 帰郷
八日の午前四時に観た夢です。
ふと我に返ると、列車のステップを下り、駅のホームに降り立ったところだった。
「ここは・・・」
郷里の実家の最寄り駅だな。
無人駅だから、夜になると出口付近しか灯りが無い。
時計を見ると、午後十時を過ぎている。
「最終に乗って来たのか」
駅の外に出たが、駅前通りはそこここに街灯の灯りが見えるだけで、やはり暗い。
駅前の旅館は、既に数十年前に閉めたようだし、商店なども店主が高齢となり働けなくなると、跡を継ぐ者がいない。
「うーん」
確か三百㍍ほど歩けば、タクシー屋があった筈だが。
「ま、歩いて帰っても二キロかそこらだ」
しかし、ここで俺は立ち往生した。
自分がどこに帰るべきかが分からなくなったのだ。
俺の「実家」は三か所ある。高校生くらいまで住んでいた家と、その後引っ越した後で済んでいた家と、他にあともう一軒だ。
「でも、この駅なら最初の家だよな」
ここで朧気ながら、記憶が蘇って来る。
「あそこは数十年来、倉庫として使っている。今、あそこに行ったところで、誰一人いない。電気は通っているが、ガスも水道もないじゃないか」
なんでそこを目指していたんだろ。
ここで俺はその家に着いた時のことを思い描いた。
玄関の前に立つ。
鍵を差し込み、扉を開く。中は真っ暗だ。
引き寄せられるように中に入り、すぐ右手にある階段を上る。
上った右が俺の部屋なのだが、左側には広い廊下がある。
俺の家の二階の縁側廊下は、普通の家よりかなり広い。
布団を二組敷いて、七八組を並べられるくらいのスペースがある。
「まるで旅館だよな」
ここで俺は気付く。
「ここはあの和風旅館じゃないか」
では、数年前に幾度も繰り返し、夢の中に現れたあの旅館だ。
すると、奥の座敷の方から、「すりすり」「すりすり」と足袋が畳を擦る音が聞こえて来た。
まるで和服の女がこちらに歩き出して来るようだ。
ここで俺は再び我に返る。
俺が居たのは最初の駅の前だった。
「なんてことだ。俺はあそこに引き寄せられてここに来たのだ」
ここで覚醒。
数年前に、半年くらいの間、和風旅館の夢を観続けた。
古い旅館の中にいると、縞紬の着物を着た女(縞女)が現れ、客たちを捕まえに来る。
それが怖ろしくて、私や他の客は旅館の中を逃げ惑う。
そんな夢だ。
繰り返し悩まされているうちに、次第に分かって来たことは、縁側廊下の共通点だった。
あの広さの家はあまりない。
実家の二階は、まるで和風の旅館みたいなつくりだった。
そんな時、母に依頼されたのが、「ご神体を持ち主に返して欲しい」ということだった。
そこは長らく倉庫になっていたから、父の知人が「預かって欲しい」と「ご神体」を渡していたそうだ。
これですっかり謎が解けた。
その「ご神体」が郷里の実家の二階に、いわゆる「パワースポット」を形成し、圧力を放っていたのだ。
私はそういうのには敏感だ。
子どもの頃には、幾か所かで「ここに人が埋められたことがある」みたいなことを言い当てた。
何となく情景が眼に浮かぶわけだが、何かしらの圧力を感じ、それに想像や妄想が加わったということだろう。
力の及ぶ範囲は、階段の中ほどくらいまでで、「縞女」はそれより下には降りて来なかった。
こんな夢を観るのは、「来い」という意思表示に他ならず、要するに、私はまたあの家の二階に「呼ばれている」のだった。
このことで、ひとつの事実が分かる。
「まだ、あの家にはご神体がある」ということだ。
数年前に持ち主に返す段取りをして、兄にそれを依頼したが、先方も代が既に替わっているとの返事だった。
こういうのには、きちんと敬意を払う必要があるから、然るべき方法で祀ることが大切だ。
私は強い影響を受けるので、その家の玄関口までしか行けない。
どうやって扱えばよいのか思案させられる。
夢から覚めると、全身が冷たくなっていた。
悪霊や怨霊のことはまったく怖れぬが、あの旅館のことは心底より怖ろしいと思う。
縞女の徘徊するあの建物は、真っ暗な闇の中に浮かんでいるのだが、外は「真の闇」だった。いざ外に足を踏み出せば、終わりのない闇の底に落ちて行く。
その「何もない無限の闇」というものが最も怖ろしい。
画像はその家の二階の一角。既にこの時には置かれていたらしい。
画像の一枚は少しピンボケで、一部に「霧」が出始めている。こういうのは、その場所の持つ力によって引き起こされる。
おそらく下の木箱付近にその「ご神体」があるのだろう。
「縞女」は実在の人で、昭和初期に殺された女性だと思う。
ご供養のためには、その女性の物語を書くのがよさそうだ。
「ご神体」の持つ力で引き寄せられたのだろうが、世に放たれたらちょっと厄介なことになる。
こういうのは私の持つ「務め」だと思う。