◎亡き友に贈る言葉
FBのアカウントが停止状態になっていたのですが、5日ぶりに回復しました。
点検すると、昨年亡くなった友人のアカウントがまだ残っています。
亡くなった後も時々、メールを送るのですが、メルアドの方は消去されているのではないかと思いますね。
1年と少し前のことなのに、随分時間が経った気がします。
追悼の意味を込めて、改めて弔辞を書くことにしました。
ご無沙汰です。
まだFBのアカウントが残っているのだね。
早速ですが、先日、郷里の実家に行きました。
玄関に立つと、鉢植えの木が芽吹いていました。
母が亡くなり、父は介護施設にいるので、鉢植えに水をやる者がいません。かなりしんどそうな気配ですが、コイツもしっかり生き残っていますね。
命ってのは、本当にスゴイ。
見る人も 無き軒下に 立つ枇杷の
葉陰に見ゆる 花の白さよ
姫神山人
これから春を迎えようとする晩冬の歌です。
家にあった鉢植えは枇杷でもないし、花も咲いていませんでしたが、そんな印象でした。
いつも俺の病状がしんどくて、貴下に励まして貰っていたのに、先に貴下に逝かれてしまい、今は愚痴をこぼす相手がいません。
この冬も「春は迎えられないだろう」と思っていたのですが、何とか越えられました。貴下に会うのは、もう少し先になった。
ぎりぎりの境遇の者の心情は、同じような境遇を経験した者でないと分からないから、次に会った時には、散々愚痴をこぼさせて貰おうと思います。
追記)「見る」「見ゆる」が被っているので、修正の余地があります。
愛(め)づ人の無き軒下に立つ枇杷の 葉陰に見ゆる花の白さよ