日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

井戸の中

フィリピンの知人から「娘が日本で働きたいので書類を手配してもらえないか」という電話がありました。看護士の資格を持っているので、それを生かし、外国で暮らしてみたいのだということです。
ちなみにフィリピンでは、軍隊式の教育を受けますので、「看護師」ではなく「看護士」と訳したほうが的確なような気がします。

妻とこれにどのように対応するかを相談しました。
「とりあえず日本はやめとけって言えばいいんじゃないの?」
すぐに意見が一致です。

欧米やオセアニアなど英語圏では、就業ビザの取得には、必ず学歴が問われます。
ニュージーランドなどでは、フィリピン人のパイロットや医師が渡航し、働いていたりしますが、自国の教育訓練は全く通用せず、現地で再教育を受ける必要があります。
もと医師でも、まず看護士になる教育を修了したうえで、実地で経験を積み、さらに医師になるための再教育を受けたうえで、試験に合格しなくてはならない。
しかし開業医にならない限り、医師は公務員として働きますので報酬が低く、再教育のメリットが大きくありません。
そこで、そんなことならと、最初から割り切って工場労働者として働く元専門的職業の人もいます。
日本では東京大学にあたるフィリピン大学の教授だった知人の1人も、ごくフツーに工場で働いています。確かに現在の所得の10倍くれるということなら、私だって同じようにするだろうと思います。

日本の場合、さらに状況が厳しくて、大半の日本人が英語を話せないため、英語で教育を受けたフィリピン人の知識は全く役に立ちません。
さらに、日本の受け入れ体制も、アジア諸国から渡航を求める人には工場労働者やダンサーなどの雇用しか想定しておらず、学歴を問われることも長らくありませんでした。
したがって、教育を受けたフィリピン人は、概ね欧米やオセアニアに行き、けして日本には来ません。
欧米、オセアニアがダメなら中東の英語圏に行き、日本はその次くらいになるのでは。
一方、フィリピンの片田舎に住み、十分に教育を受けられなかった人にとっては、唯一、日本だけがそのまま渡航できる外国だったため、ジャパニーズ・ドリームの伝説が生まれました。
マニラに出ても、極めて低賃金の労務しか仕事はありませんが、日本に来れれば経済格差のため、何倍かの報酬が見込めます。

日本で直接眼にするフィリピンの人たちの多くが無教養であったため、日本人の大半はそれを意識する・しないに拘わらず一様に「蔑視」する傾向にあります。
それでもそれは「偏見」というわけでも無いようです。見ているのは事実のわずかな一端で、全体を知っているわけではない。偏見ではなく無知ということでしょう。
一方、現地の知識人やお金持ちは、端から日本など相手にしていません。日本人は多少の金は持っていても、彼の国では公用語の扱いになる英語すら話せない。

「まともな教育を受けているのなら、カナダに行ったほうがいいよ」
日本でのフィリピン人の扱いを知れば、必ず日本が嫌いになるはずなので、英語圏に行く方が無難で、チャンスも広い。
カナダではベビーシッターとして働く際でも、最初に学歴を問われるということですが、そういうハードルをひとつ1つクリアできれば、実力で運命を切り拓いていくことができるかもしれません。