日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第914夜 千手観音

◎夢の話 第914夜 千手観音

 25日の午前5時に観た夢です。

 

 最近、「俺」(夢の中の自我)は幽体離脱が出来るようになった。正確には「出来るようになった」のではなく、病気が進み、体が弱って来たら、魂が勝手に離脱するようになって来たのだ。

 すなわち、棺桶に向かってにじり寄っているから、その先にある「あの世」が近くなった、ということだ。

 さて、魂が体から離れてしまうと、幽霊と同質の存在となる。

 自意識はあるのだが、眼も耳も持たないから、心に思い描いた心象(イメージ)がそのまま姿かたちとなり、音に聞こえる。

 要するに、見るもの聞くものの総ては、受け取る側、すなわち見る側聴く側によってつくられる。

 幽体になっている時の俺が見聞きする相手のことを「象」だと思えば、相手は象の姿に見える。相手側からも俺の姿は、相手が思い描く俺のイメージに沿った外見となるし、声を発する筈だ。

 その意味では、「あの世(幽界)」は主観的に構成される世界だ。見る者が見ようとするように見える。聞こうとするように聞こえる。

 

 この日、俺は電車の椅子で居眠りを始めたのだが、すぐに魂が抜け出たらしい。

 ハッと我に返ると、俺がいたのは電車ではなく教会のような施設の中だった。

「ここはどこだろ」

 辺りを見回すが、建物の中には誰もいない。

 正面にステンドグラスのようなガラス窓があり、色鮮やかなガラスが光っていた。

 思わずそれに見入っていると、右側のドアが開き、修道女のような黒い衣装を着た「何か」が入って来た。

 「何か」は俺の前で足を止めると、じっと俺を見下ろす。

 「お前は何者だ?」

 問われても答えようがない。この状況で何と答えるのか。

 「何と答えるべきか、俺には分かりません。何に見えます?」

 すると修道女は数秒ほど俺に見入っていた。

 「煙と言うか雲と言うか・・・。時折、稲妻が光るから、あえて言えば雲だな。だがその雲の中に人のような影も見える」

 そこで修道女が口籠る。

 「なるほど。お前はまだこっちの世界には来ていないのだな。まだ現世と繋がって居る」

 そこで俺に興味を失ったのか、修道女は「ふん」と鼻を鳴らし、俺に背を向けて去ろうとした。

 

 「あ。ちょっと待って。ここは何処なのですか。教えて」

 俺は慌てて修道女を追い、服の裾を掴む。

 すると、修道女の服がはらりと床に落ちた。

 服の中にいたのは、中年の女性・・・ではなく、奇怪な裸の生き物だった。

 女だったはずの生き物が振り返る。

 「わ」

 俺は驚いて、三歩飛び退った。

 

 そこに立っていたのは、「お茶餅」みたいな姿をした怪物だった。

 「お前は、まるでジャミラ(©円谷プロ)だな」

 平べったい「お茶餅」の上部に目鼻が付いているから、かつてのあの怪獣にそっくりだった。

 すると、そのジャミラが口を開いた。

 「私は怪獣じゃないよ。ほら」

 すると、体の周囲からわやわやと腕が飛び出した。幾本もある腕がぴったりと胴体に貼り付いていたから、「お茶餅」に見えたのだ。

 「うひゃひゃ。グロい」

 俺はさらに数歩後ろに下がった。

 

 「グロいとは失礼な。お前にはこの私が怪物にでも見えているのか」

 「見えているどころか、怪獣と言うか怪物そのものだよ。ジャミラっていうヤツ」

 すると、その怪物はくつくつと笑った。

 「私が化け物に見えるのは、お前がそう見ようとしているからだ。ここでは、見る側が見ようとするように見えるからな。お前は心が歪んで、汚れている。だから私がそんな化け物に見えるのだ」

 「え。じゃあ、その姿は俺の持つイメージが創り出した姿だと言うのか」

 「そう」

 怪物が周囲を見渡す。

 「お前みたいなヤツがここをイメージするのは、大体はこんな風だ。日頃より、死後の存在についてよく考えもせず、と言うか、考えるのを避けている。死後の存在を否定するのに、怖れてもいる。矛盾しているだろ?存在しないなら、何故怖れる。宗教も上っ面しか信じない。神や仏に手を合わせるのは、困ったときか身近な者が死んだ時だけ」

 言われてみればその通り。

 死ぬこと自体を怖れているから、それにまつわる総てのものを怖れる。

 

 「そういう恐怖心が、私のことを怪物に見せているんだよ。その証拠に」

 怪物が俺の前で居ずまいを正した。

 すると、一瞬にして姿が変り、ほっそりとした腕を四方に伸ばした観音さまになった。

 「こんな風に見える者もいる」

 たちまち朝日のような後光が差してきて、周囲が金色の光で覆われた。

 それがあまりにも眩しいから、俺は思わず眼を細めた。

 

 細目を開け、観音さまの顔を見ると、しかし、両目の光だけは、さっきまでと同じだった。感情に乏しい、まさに死者特有の視線だ。

 「あれあれ。かたちは変わったけれど、その実、さっきの怪物と同じじゃないのか?」

 これを聞き、観音さまがふっと笑った。

 「ここはあの世の一丁目だからな。穏やかな心を持つ者はすぐにここを通過して、執着心を解きほぐす。死んで何がしかの間は、生前の執着心に囚われ、それに応じた姿をしているのだが、それも願望や欲望に導かれるものだ」

 「ということは」

 「そう、ここには善も悪もない。神も仏もいないし、悪魔もいない。ここに現れるもの総てが、妄執により創り出されたものなのだ。だから、強いて言えば、ここには悪しかない。悪魔しかいないのだが、対置すべき相手、すなわち神や仏、善なる者がいないから、もはや悪ではない」

 なるほど。ここは、むき出しの自我、すなわち邪な願望で出来ている世界だ。執着心を持たぬ者は、さくさく次のステップに進むから、ここには怪物しかいないことになる。

 ここで、観音さまの体が再びむくむくと変化し始める。

 「而して、この私の実体は・・・」

 

 すぐに答えが分かった。

 俺の前に現れたのは、四方に触手のような腕を伸ばし、胴体には幾百もの顔を浮き出させた化け物だった。

 幾百、幾千もの魂が寄り集まって、こんな姿になったのだ。

 ここで覚醒。