日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎妄想天国 「メタルの国で」

◎妄想天国 「メタルの国で」

 夕方、家人を連れて買い物に出かけると、車のBGMがベビメタだった。

 「リンリンリン・・・」(『ドキドキ・モーニング』)

 家人が横を向き、「オトーサン。オトーサンがこんなアイドルの曲を聴くとは思わなかったよ」と声を掛けて来た。

 「いや、この子たちはもうアイドルじゃないよ。今じゃ世界のロック・スタアだもの」

 そのまま運転したが、流れる曲の途中で、無意識に「オタ声」(メタルでは「スクリーム」と言うらしい)を入れてしまう。

 「からの、からの、からーの」(『ヘドバンギャー』)

 すると家人はあきれ果てたような表情でダンナを見ていた。

 

 一時間後、家人が台所で自分のおかずを準備していると、かすかに鼻歌が聞こえる。

 耳を澄ませて聴くと、「まつりだ、まつりだ、まつりだ、まつりだ・・・」

 思わず台所に行き、突っ込みを入れた。

 「オメー。オメーだって歌ってるじゃねーか」

 ちなみに、これは『パパヤ』という曲だ。家人はさっき車の中で聴いていて憶えてしまったのだ。

 

 この時にぶわっと妄想が湧き出て来た。

 それがこんな小話だ。

 

◎「メタルの国で」

 北欧に住む姪が結婚することになり、俺は一人でフィンランドを訪れることにした。

 ヘルシンキのヴァンター空港に降り立ち、まずは入管に向かった。

 係官は不愛想なオヤジで、下向き眼鏡の上から上目遣いの視線を向けた。

 「この国には何をしに?」

 「親族を訪問しに来ました。姪が結婚することになったので」

 「音楽は何を聴きますか?」

 「は?」

 音楽だと。音楽の一体何が問題になるのだろう。

 答えずにいると、係官が重ねて訊く。

 「まさかベビーメタルを聴いたりしていませんよね。つい最近、この国では禁止になりました」

 え。フィンランド人はヘビーメタルが尋常ならぬほど好きで、メタルが国民音楽に近いとは聞いていたが・・・。たしか、田舎の村祭りでもメタルバンドのコンテストみたいな催しが行われるらしい。

 「オヤジに手がかかった」メタル好き青年がコンテストに出る、という内容のロードムービーがあるのだが、これが映画の年間興収のトップランキングに入るようなお国柄だ。

 頭の中で記憶が渦巻く。

 「そう言えば、ヘビメタ好きの半数がベビーメタルをメタルとは認めないんだっけな」

 要するに絶対値が高く「パワーがある」ということだ。

 こりゃ隠して置いた方がよさそうだ。

 

 「ベビーメタルの曲はあまり聴いたことがありませんね。仮にもしファンだったりすると何か問題でも?」

 係官は下を向いたまま、「ええ。入国禁止です」と答えた。

 「あなたみたいな中高年は特にね。嵌り方が極端ですから、きっとこの国でトラブルを起こす」

 おいおい。音楽で入国禁止になるとはな。ここはよっぽどメタルに思い入れがある国ってわけだ。

 そこで、少し強めに断言することにした。

 「私はベビーメタルには興味ありませんよ。もうオヤジですから」

 すると、係官は横を向いて部屋の隅に手招きをした。

 すぐに男女一人ずつの係官がやって来た。

 「私の経験から言うと、この人は怪しいと思う。ちょっとチェックしてみよう。君たちも確認してくれ。三人のうち二人が認める診断を採用しよう」

 

 最初の係官が再び俺の方を向く。

 「ではこの文章を繰り返してください。ちなみに、こっちの女性係官は日本語が分かりますから、日本語で『私はベビーメタルが好きです』と3回言って下さい。なるべく早口で」

 「私はベビメタが好きde・su」

 「私はベビメタが好きで・・・th」

 「私はベビメタがす・き・デ・す」(ありゃ。うまく言えねーや。)

 すると、係官は少し微笑んだ。

 「あれあれ、少し変ですね」

 これに傍らの女性係官が頷く。

 「じゃあ、次はこの曲を聴いて二つ目のフレーズを言って参加してください」

 係官が紙を差し出すと、すかさず曲が流れて来る。オープニングで使われる『death』だ。

 「Death、death、death、death、Su-metal death」

 「はい。次はあなたですよ」と係官。

 俺は必死になり、極力ばれぬように心掛けた。

 「デス、デス、デス、デス、ゆいメタルです!」

 やったぜ。間違いなく日本語調の「です」だ。

 

 しかし、係官は冷たい視線を俺に向けた。これまでまったく見せなかった眼の光だ。

 「あなたは虚偽の申告をしましたね。疑いなくあなたはベビメタ好きです。コアなファンだと言ってもよい」

 「え。そんなことはありませんよ。どこにも変な発音は無かったじゃないですか」

 「いいえ。ほら」

 ここで係官がモニターを裏返し、ビデオ映像を俺に見せる。

 すると、俺は「です」を「death」みたいに言わぬよう、舌先に神経を集中していたのか、言葉を口にしながら、無意識に胸で左右の手を交差させようとしていた。

 手はもちろん、フォックスサインだ。

 

 ここで係官が冷徹に言い渡す。

 「あなたには虚偽申告の罪が加わりましたので、入国拒否の他、罰金が一万ユーロ掛かります。それを支払って帰りの飛行機にお乗りください。もし支払わぬと拘留されます」

 なんてこった。そんなことなら、最初から正直に申告してすんなり帰ればよかった。

 俺は簡単な「踏み絵」に引っ掛かってしまったのだった。

 はい、どんとはれ。

 

 この小話の難点は「知ってる人、かつよほどのマニアにしか通じない」ということだ。

 仮に真面目にショートショートにするなら、かなり捻る必要がある。