日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎声が聞こえる

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◎声が聞こえる

 木曜は通院日。帰路、エレベーターに乗り、スマホを構えた。

 モニター画面に四文字熟語の問題が出る時があるので、それを話のネタにするためだ。しかし、この日はタイミングが合わず、風景だけだった。

 すると、突然、声が聞こえた。

 「このまま苦痛だけが続くなら、いっそのこと死んだ方がよい」

 「もう死にたい」

 え。これは私の考えではないよな。

 

 ここですぐに思い出す。

 先日、同じようにエレベーターで撮影したが、私の肩に別の頭が載っていた。

 老婆の頭で、髪がばさばさ。私は既にオヤジジイだから、肩までの毛は無い。

 「なるほど」

 その老婆の姿には記憶がある。

 ひと月前にこの病棟に来て、一週間ほどで消えた患者だ。

 ここは腎臓の病棟で、多機能不全症になった患者が行き着く。日本人の主な死因には、肺炎、心疾患、脳血管疾患、がんなどがあるが、あくまで「直接の」かつ「主な」死因だ。高齢になり、様々な病気から多機能不全症になると、概ね腎不全にも至るわけだが、これは「多機能」の内に含まれるから、表には出ない。

 ま、八十、九十になり、病気が進行した患者は、概ね腎不全にも至ると思った方がよい。こういう患者は、既に全身が病気だから、短期間で病院を去る。

 今は若く健康でも、いずれ皆がそうなる。そういう患者は苦しみがじりじりと続くから、ずっと泣き叫んでいる。これを間近に見ると、「心筋梗塞脳出血、ガンで死ぬ方が苦痛が少なくて済む」と思えるようになる。

 

 その老婆も末期の患者で、ほとんど寝たきりだった。ベッドで運ばれ、ベッドのまま去って行く。そして、病棟にいる間は、ずっと「もう死にたい」と言い続けていた。

 周囲はそういう患者ばかりだから、あまり気にならない。毎日それではさすがにゲンナリするが、それもここでは仕方が無い。 

 向かい側にも同じような女の患者がいたが、こちらはほとんど意識が無いのか、何も言葉を発さなかった。風貌は既にゾンビのよう。

 時々、頭を上げると、向かい側の患者がじっとこっちを見ていた。

 これは相手の生死に関わらず、頻繁に起きる事態だ。

 どういう要因なのかはよく分からぬが、「死にそうな者」や「死んでいる者」に見られる。私の周りに煙玉が出ていたり、「前に心臓が止まったことがある」ことがあったりすることと関係があるような気がするが、正確な理由は分からない。

 

 先日の「肩に載る頭」も、向かいの人が死んだ後も付きまとっているのかと思っていたのだが、どうやらふたつ隣のベッドの老婆だったらしい。

 その老婆も「もう死にたい」と繰り返していた。

 私は「思い浮かぶことが、自分本来の考えや感情とは限らない」と知っているから、こういう気持ちを打ち消すことが出来るわけだが、「死後の存在」について、よく知らず、考えが及ばぬ者は、少なからず影響を受けてしまう。

 人によっては、言われるままに思い詰め、それが思考や行動に反映される。

 「魔が差す」というのはこういうことだ。

 

 幽霊は現実に存在し、誰もがその境遇を通るステップのひとつだが、悪意や苦しみ、後悔の念を強く持つ者は、幽霊のまま長く留まる。

 そして同じような感情を抱く者に近づいて、その感情を共有し、さらに強くする。

 映画や小説に出て来るような「悪霊」は、人間に対し、「お前を殺してやる」みたいなことを叫ぶわけだが、実際の悪霊はそんなことなど言わない。

 既に自身が死んでいるので、生死の別など意味を持たないからだ。

 悪霊がもたらす災いとは、その人の心に入り、一体化することだ。

 よって、その相手を支配しようと思っているわけではなく、相手の中に起きる思考や感情が「自分自身のこと」だと思っている。

 

 ちなみに、こういう時に聞こえる「声」は、映画や小説で想像するより、はるかに大きな声だ。

 これが進行して行くと、「その人の頭の中だけに響く」だけではなく、生の声として響くようになる。このエレベーターの中にいる時に、私の隣に立っていれば、きっと同じ声が聞こえたと思う。

 周囲に誰もいないのに、突然、「助けて」という声が響くことがあるが、たまたま私の傍にいて、この声を聞いた者が複数いる。

 

 ここ数週間のあの老婆に関わりそうな情報を総て捨てる必要がありそう。

 まだ本物の幽霊にはなっていないから、ご供養が効かない。分断し、距離を置くということ。

 

 ちなみに、病院は「幽霊の出ない」典型的な場所だ。

 患者にとって病院は「長く居たくない場所」だということがその理由だ。要するに「思いを残す場所ではない」ということ。お墓も同じで、長く留まりたいと思う地ではない。ここに幽霊が出る時には、まったく別の理由がある。

 こういうケースは珍しい。