



◎古貨幣迷宮事件簿 「さらに鉄銭の解法」
(1)鉄銭の推定 :栗林銭を例として
意図が上手く伝わっていないようなので、再び「鉄銭の理解法」について追加する。
前回はまず「概ね砂鉄製」と「概ね鉱鉄製」とを区分するが、「区別できないものが多いので、見分けられるものもあるという認識を持つことが重要だ」といったようなことを述べた。
「砂鉄を素材にする」とは、鋳鉄の方法が「たたら炉」であるという意味を含む。
「鉄鉱石を素材にする」とは、「高炉で溶解する」意味を含む。
各々の製品には、砂鉄であれば「づく鉄」、鉄鉱石であれば「銑鉄」などの分類名称があるが、実際にはたたら炉で十八種類以上、高炉で十五種類以上に及ぶ。(数字は正確ではないが、それくらい多いということ。)
素材自体は同じ鉄なので、各々の生産物については、「結果として似たもの」が存在する。
たたら炉の「※※鉄」と高炉の「△△鉄」がよく似ているという事態が起こり得る。
よこありがちな誤りは、砂鉄製素材のひとつの特徴(1/18)と、高炉製素材のどれか(1/15)を取り上げて、各々を決定要因と見なしてしまうことだ。
違っているところだけを比較して、それをもって判断軸としてしまうと、「似ているもの」が視野に入らなくなる。
地金では「五六割しか区別できない」と言うのはその点だ。
鉄銭の場合、これを補うのが、鋳銭工程によって生じる相違になる。
この最も分かりやすい事例が、前述の通り「仰宝大字」という銭種だ。
「仰宝大字」は栗林座で生まれ、ほぼこの「銭座固有の銭種」と見なされる。
一部には「仰宝大字には浄法寺(山内)伝鋳銭がある」とする収集家もいるのだが、これまで万枚の桁の鉄銭を検分しているのに「砂鉄製の仰宝大字」には一枚も当たったことが無い。ゼロではないかもしれぬが、限りなくたまたま当たる可能性は低い。
(2)基点としての仰宝大字
仰宝大字を「栗林座固有の銭種」と位置付けるなら、これを基点として「栗林座製の鉄銭」を推定していく道が開ける。
地金については、高炉製であれば橋野や閉伊三山の鉄と見分けがつかぬ筈だが、銭容について幾つかのヒントがある。
「仰宝大字」には独特の形態がある。これは「背面の輪縁を斜めに削っている」ものが多いという点だ。面背をゴザスレ状に削ったり、輪を横から削ったりする例は他銭座でもあるわけだが、背面の縁だけを削るのは、今のところ栗林座だけだと言ってよい。
その栗林座の仰宝大字では、恐らく八割以上が背面研磨した母銭を使用しており、残りが「研磨なし」の母銭だ。(もちろん、概算だ。)
何故研磨したのかについては過去に示した通りだ。
『岩手に於ける鋳銭』には、「栗林座では初め橋野高炉より銑鉄を買い入れていたが、費用が嵩むので、後に自前の高炉を作り、それを材料に充てるようになった」と明記されていいるわけだが、「母銭を削った」意図と見事に一致する。
「鉄素材を極力節約する必要があった」ということだ。
裏面だけを削る理由は「砂笵のつくり」とは関係がない。もし取り出しを容易にするためなら、下に置く側、すなわち面側の不知を削る必要がある。
当時の鋳銭職人の経験と技量が「怖ろしい」と思うのは、母銭でははっきりと外側に向かって傾斜が付けられているのに、通用鉄銭の方は母銭ほど特徴が顕著ではないところだ。
型を取り、溶鉄を流し込みそれが固まることで、「傾斜が分かりにくくなる」ということを職人が熟知していたことを意味する。
この辺、従来の「面背の型(拓型)を見て相違を見取る」という分類手法では、まったく知見を拾い上げることが出来ぬ。背面の傾斜を確かめるには、「現品を実際に見て、指で触ってみる」他に方法はない。
画像①②は仰宝大字鉄銭の①背面の傾斜のないもの、と、②背面に傾斜のつけられたものだ。
汎用母(大量鋳銭段階で使われた母銭)段階の母銭としては、②傾斜付きの方が前期で、①傾斜の無い方が後期だろうと思う。もちろん、通常は①があって②が生じる訳だが、実用段階では逆になる。
銅原母から①を作り②で整えて母銭使用したが、高炉が出来てからは気にせず①も使った。その流れでないと①が少ないことの理由にはならない。
この「背面のみに傾斜がある」要因が「栗林座特有の鋳銭事情によるもの」であったなら、ここで初めて因果連関的に銭種を捉えることが出来るようになる。
要するに「背面のみ意図的に研磨加工を施している」なら、銭種が「背盛」「マ頭通」「仰宝」だとしても「栗林銭」と見なすことが出来るようになるわけだ。
これが実在することが分かったのは(③④)、たまたま砂笵がずれたものがあり、この背面の縁に傾斜があったからだ。
普通の出来銭では、母銭ほど傾斜が顕著ではないし、母銭自体は「背盛」他の銭種では「背面のみ研磨」を探すことが難しい。(なお両面に緩い傾斜をつけたものは複数の銭座で見られる。)
これはすなわち「栗林の前期における主力銭種が仰宝大字であり、他の銭種は少なかった」ことを示唆するのかもしれぬ。しかし、それは栗林銭を抽出した上で大量観察して見ぬと断言出来ぬ。
さて、仰宝大字という銭種ひとつとってもこれだけの知見が得られ、先につなげることが出来る。
次はひとまず、それと対置的に置かれる銭種を観察することになる。
画像イからニは概ね「背文銭の鉄写し」になる。
「公営・請負銭座では一文鉄銭を作っていない」
「浄法寺山内座では、一文銭、一般通用銭改造母を使用していない」
と言う事実により、「背文銭の写し」であることをもって、民間の密鋳銭であると見なすことが出来る。八戸でも鷹ノ巣では専ら背千系統を採用している。目寛見寛座の銭種の可能性はあるわけだが、これは個人(藤八)の企図したものだ。
背景については断言できずとも、いずれにせよ「砂鉄製」であることは疑いない。
個々の写しについては、話が長くなるので差し控えるが、①~④は高炉鉄、イ~ニは砂鉄製という境界線を引くことが出来る。
そこで言えることは、地金だけ見ても「違いがはっきり分からない」ということだ。
となると、面倒でも、様々な要因を抽出し、それで説明することがどの程度確からしいかを確かめながら検証していくことになる。
一発で境界線を引けるような、分かりやすい近道はない。
そもそもこの鉄銭のジャンルでは、最も判別の簡単な「橋野銭」が区別できる人は数人しかいない。
これは殆どの収集家が『岩手に於ける鋳銭』に目を通していないことによる。
自分では検証せずに、誰かが書いた「さも分かったようなこと」を引用するのが収集家の性だ。
もし現状から先に進もうと思うなら、きちんとした検証ステップを踏む必要がある。
若手収集家(読者に学生が複数いる)に対し、「高校・大学で集合論を学べ」というのはその点だ。何が言え、言えぬかを見取るにはきちんとした決まりを踏まえる必要がある。
とかく因果関係を求めたくなるものだが、鉄銭には証拠らしい証拠が無いので、相関関係を重ねることで、真相に近づく努力が必要だ。
となると、手の上の一枚ずつを眺める方法では対処できず、何百枚何千枚の大量観察を経て、「大まかな傾向」を掴む見地によらざるを得ない。
性急に結論を求めると、必ず失敗する。鷹揚に構え、何年もかけてボケっと手の上で転がすくらいで丁度よい。この分野はほとんど未開拓だ。未開拓の荒れ野に走り込めば、多く転んで怪我をする。
早く「池の向こうに着きたい」と思うなら、実は岸辺を回って行くのが一番近い。
遠回りするような気分になるのだが、まっすぐ池を渡ろうとすると、多くの者が溺れてしまう。
「一見、難しそうに見えることは、原則論に立ち返って俯瞰的に眺めろ」
「一見、簡単そうに見えることは、手順を踏んで丁寧に眺めろ」
注記)日々の雑感を示すものであり、専ら記憶だけで記している(一発殴り書き)。推敲も校正もしないので、誤りや憶違いがある。