日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第1K22夜 「地獄の釜の蓋が開く」(続)

夢の話 第1K22夜 「地獄の釜の蓋が開く」(続)

 十九日の午前二時に観た夢です。

 

 ついに「地獄の釜」の蓋が開き、亡者(死霊)が外に出て来るようになった。

 亡者自体は肉眼では朧気にしか見えぬのだが、その「見えぬ」ことが理由で、人によって認識に違いが出る。亡者たちは、それを利用してひとの心に侵入し、その人を支配した。

 亡者たちはひとの心を我が物にすると、生前に満たされなかった欲望を達成しようとする。

 こうして、この世には、殺人や強盗、婦女暴行など、ありとあらゆる犯罪が満ち溢れた。

 暴虐の限りを尽くし、その結果、当人が死んでも、今度はその魂(自我)を食って、自我・自意識を強固にすることが出来るから、亡者たちにとっては願ったり叶ったりだ。

 気が付いてみると、人口の半分が心を死霊に支配されていた。

 

 亡者たちの活動の中核は、やはり夜の間だった。

 夜遅くに人間の家を訪れ、ドアをノックする。

 その時、「相手が死霊である」ことに気付き、自ら扉を開かなければ、亡者は家の中には入って来られない。そこに住む者が「自ら迎え入れる」という手続きが必要で、この条件を満たせば、亡者は家の中に入ることが出来る。

 それから、ひとの心を恐怖で満たし、その者の心が掻き回され、混乱したところで、亡者は相手の心の中に入り込むのだ。

 多くの者は、死霊の恐ろしさ、凄まじさを怖れ、それから逃れるために、亡者が頭に入るのを許してしまう。いったん、中に入れば、亡者はひとを利用しようとするから、合体後の「自分」に対して危害を加えない。加えるのは、別の者に対してだけだった。
 従えば、苦痛や恐怖から逃れられる。

 

 「自ら迎え入れねば入っては来られぬ」のだから、亡者たちへの対処は簡単なようだが、夜でも人間の生活は続くし、亡者たちも「自分は死霊だ」と看板を立てて来るわけではない。

 家の中にいる者のごく近しい関係の誰かに化けていたりするから、話は厄介だ。

 出張から夫が返って来て、「俺だよ。鍵を探せぬからドアを開けてくれ」と夫に言われれば、妻は扉を開く。

 遠隔地に住む息子が「久々にお袋の顔を見に帰って来た」と言えば、ほぼ総ての母親が迎え入れる。

 日没から日の出までだから、一日の半分は亡者たちの時間だった。

 

 こういう時勢となり、俺は防御のために自分の家を整え、窓という窓に板を張り付けた。

 亡者は「家の者が迎え入れてくれぬ」と見るや、外から石を投げて、扉や窓を破壊することがあったからだ。仕切りを破壊すれば、中の者の許可は要らなくなる。

 だが、そのやり方では、家に入っても心の中までは入り込めぬ。同じ「許可を得る」という手続きがひとの心に入る時にも必要だった。大掛かりな破壊をすれば、ひとはこころを閉じてしまうから、亡者はガラス窓を壊したりはするが、それ以上の破壊はしなかった。

 日没から朝までの間は外に出ない日々が続く。

 

 俺は地獄の釜の蓋が開く前から、あの世を研究していた。そのせいもあり、今の事態になると、続々と人が俺の家に集まるようになった。

 もちろん、他人の面倒を見る余裕はないから、ほとんどの場合、仲間には加えない。

 「助けて下さい」と言われても、人間だけでなく亡者の方も同じことを言って寄って来るから、家には入れなかった。亡者の活動時間は概ね夜のうちなのだが、既に亡者に心の中に入られた者であれば、昼のうちでもソコソコ活動できるし、昼は亡者が表に顔を出すことがないのだった。

 結局、俺が家に迎え入れ、一緒に暮らすようにしたのは、大工の青年と女医の二人だけだった。

 他には、両親を亡者に支配され、行き場を失くしていた男女二人の子どもを引き取っている。

 

「まるで映画の『アサルト13』か『ドーン・オブ・ザ・デッド』みたいな状況だな。相手は強盗団でもゾンビでもないけれど」

 亡者の方も、俺の家が砦となっていることに気付き、あの手この手で扉を開けさせようとする。

 既に死んでいる家族や、友人の姿に化けることまでした。

 ある日のことだ。

 時間帯は夕方五時を回った頃だから、既に薄暗くなっている。あと十五分もすれば日没だ。

 その頃、家の外を見ていた男児が不意に毛を上げた。

 「家の前に誰かいるよ。女の人だ」

 窓から外を見ると、確かに玄関先に若い女性が座り込んでいる。

 「生きた人間か?それとも死霊に心を奪われた『生ける屍』か?」

 もう一つの選択肢は「体を持たぬ死霊」だが、これが出るのはまだ時間帯が早い。

 少しく躊躇したが、俺は見に行くことにした。

 「どうしました?」

 娘が顔を上げる。年の頃は二十三四といったところだ。

 「道に迷っているうちに、完全に自分がどこにいるのか分からなくなってしまったのです」

 「どこに行きたかったの?もう夜になるよ」

 「▽◆さんという方のところです」

 その「▽◆」というのは、俺の名前だった。

 「▽◆は私だが、この時間に何の用?」

 「姉が別人になってしまったので、浄霊を施して欲しいのです」

 「そういうのは、私はやっていませんけど」

 「でも、助けて貰ったという人から聞きました。姉が別人のようになり、気持ちの悪い目つきで私を見るので、私は家から逃げ出したのです。でも、姉は私にとって、たった一人の肉親です。姉を元の姉に戻して欲しいのです」

 いよいよ夕日が傾く。西の空は真っ赤だった。

 

 「とりあえず中に入れてあげれば?」

 背後から子どもたちが声を掛けて来た。

 「出て来たのか。中に入ってな。もう夜だから」

 すると、男児が重ねて言う。

 「可哀想だよ。お姉さんのことはともかく、今は中に入れてあげないと、この人が亡者に取り憑かれてしまうよ」

 ま、それはそうなのだが、「既に取り憑かれている」ケースを心配しているわけだ。

 家の中に入られ、あれこれ掻き回されても面倒だ。

 

 気が付くと、ケンイチ(大工の青年)と笠井女史(医者)も外に出ていた。

 「もう時間がないですよ。まだ明るいうちに来たのだから、この人は大丈夫なのでは」

 女医の肩越しに玄関の扉が見えたが、ガラスの部分が少し見えていた。板を打ち付けていたのだが、いつの間にか取れていたらしい。あるいは「誰かに外された」かだ。

 俺はケンイチ青年に「すぐに扉の板を打ち直して」と伝えた。彼なら一二分で作業を終える。

 「皆の方は中に入ってて。これからは私の持ち分だから」

 俺は娘と二人で玄関先に残り、完全な日没を待つことにした。

 その方が分かりよい。

 すぐに女児がカメラを持って来た。「はい。どうぞ」

 俺はそれを受け取ったが、女児は間違えてポラロイドの方を持って来ていた。

 「普通のデジカメで良かったんだよ。ファインダで見るから」

 俺は「死霊の姿を写真で撮影する」特技を持っていた。これは何年もかけ経験で得た技術だ。

 「ま、いっか」

 

 女児が家の中に戻り、俺はその場で一分待った。

 完全に陽が落ち、辺りが暗くなったところで、俺は娘の姿を撮影した。

 ポラロイドだから、画像が現れるまでに一二分掛かる。

 娘は心許なさげだ。

 当たり前だ。もしこのまま夜の街に放り出されたら、間違いなく亡者の餌食になってしまう。

 「既に憑依されている場合を除いての話だがな」

 すると、俺はこの言葉を口に出して行っていたらしく、娘が「え?」と声を上げた。

 「いや、何でもないです。ま、何事も無ければ、今夜はひとまず私の家で過ごして頂きます」

 パタパタと写真を振る。

 長く時間が掛かった。

 朧気だが、特に目立った光や影は無さそうだった。

 

 「ま、大丈夫でしょう」

 俺は娘に背中を向け、玄関のドアノブに手を掛けた。

 「じゃあ、今夜はここで過ごして頂きます」

 ノブを回し、扉を開こうとすると、背後から娘が声を掛けて来た。

 「私を入れてくれるのですか」

 思わず手が止まる。

 その声は、娘の背中の方から聞こえたし、そもそも若い女性の声ではなく、老婆のそれだった。

 ここで覚醒。

 

 家は「肉体」の象徴で、それに対し侵入を試みる者が居るので、亡者・死霊は「病気」を象徴するものだ。今は新しい病状を抱えているので、それに対し、どう対処すべきかを思案している内容だと思われる。