日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 「看護師を煙に巻く」

病棟日誌 「看護師を煙に巻く」
 火曜に病棟に行くと、この日の看護師リーダーは五十台のオヤジ看護師だった。
 「こりゃ遊べる」

 その看護師がやって来て、いつもの問診を始めた。
 「調子はどうですか?」
 早速作戦を始める。
 「いつもと変わりないよ。眼は見えねえわ、足は動かねえわ、チンコは元気がねえわと、最悪だな。三重苦四重苦」
 問診は流れ作業なので、オヤジは何かメモしている。たぶん、「変わりない」しか聞こえていない。
 そこで仕掛けに突入。

 「学生の頃に、何かの合宿があり、大勢で宿舎に泊った。夜は男子も女子も一緒に広間で雑魚寝した。めいめいが寝袋や毛布を被って寝たわけだ。俺はTシャツとパンツで寝たが、朝方になり息子が元気になった。眠っているから気付かない。息子はすっかり元気になると、トランクスの窓から頭を出し、天に向かって直立していた。高原の宿だったから、真夏でも朝は涼しい。チンコがやたら寒いので目覚めると、息子はすっかり天を突いていた。毛布などはだけて寝ていたから、丸見えだ。朝の五時頃だったから、誰も目覚めていなかっただろうが、女子がもし起きていれば・・・ 」
 ここでオヤジ看護師が口を入れた。
 「チンコの報告はしなくていいんですよ」

 そこで俺は言った。
 「ああよかった。止めてくれなきゃ、怒涛の下ネタを連発しなくちゃならなかったところだ。ちなみに次は部活のお姉ちゃんのマンションに泊めて貰った話だ」
 えれー失敗談が山ほど。情けないが。

 オヤジ看護師相手だけには、こうやって遊ぶことが出来る。
 女子なら若い娘、オバサンを問わず、セクハラになってしまう。
 病棟には六七時間もいて、しかも身動きできぬ状態だから、もの凄く退屈する。こんなことでもやっていないと、気が持たない。
 周りにはジジババばかりだから、どんな話をしても大丈夫。
 おまけに、それぞれが自分のことで精一杯だから、何を話しても耳に届かない。聞こえていないのだ。

 ここはもはや「死に間際」に達した者が来る終末病棟なのだからな。

 五月からコロナの体制が替わったが、食事の時に隣の席に患者が座るようになった。しきりもない。
 最近、毎回同じオバサン患者(と言ってもたぶん年下の五十台)が隣の席になるが、この日はこの患者の方から話しかけられた。
 反射的に冗談をぶっぱなしそうになったが、「もはやコロナの前の状態に戻るのだから節度を保とう」と自制した。
 ところで、女性は五十四五くらいから、極端にバーサン化する人と、女らしさを保ったままの人の二通りに別れる(と言ってもオバサンだが)。
 この患者はオバサンの方だな。バーサンじゃない。

 前に隣のベッドだったシオノさんというバーサンは六十台後半だったが、ばっちり決まっていて、六十年台ファッションで極めていた(派手ではない)。
 中年オヤジの当方でも「こういう人ならお食事に行ってもきっと楽しい」と思っていた。
 だが、一回り以上年上でもあり、冗談ひとつ言ったことがない。
 この女性は勘の鋭い人で、当方が何も言わず、頭の中だけで「食事でも」と思った瞬間に、「私には夫が居りますのよ」と言って来た。
 怖い。妖怪のサトリかよ。
 人生の中で何百回も女性に振られたと思うが、誘ってもいない女性に断られたのはこの一回だけだ。
 ま、態度には見えずとも、気配が何か出ていたのだろうと思う。あるいは後ろのヤツが声に出したか。
 
 お食事どころか、隣で寝ても全然OKだと思ったから、もやっとそんな気配が出ていたかもしれん。ま、隣(のベッド)では週に三日寝ていたわけだが。
 自分が「トシを取った」と思うのは、ひとの人格と外面を総合的に眺めるようになったことだ。心根がよさげなら、ルックスもきれいに見える。とりあえずは、いつも気さくにニコニコしているのが一番だと思う。セックスよりも背中のマッサージの方が良くなった。

 

 看護師のユキコさんが当方のことを「全然ジーサンではない」と評したが、死にかけの身でも相変わらず不良で、いい加減だからだろう。死ぬまで他人のこころを引っ搔いて生きようと思う。