

◎ガラモン、お前もか
「ガラモンさん」は、同じ病棟の患者だ。
私がこの病棟に入ったのは、もはや六年以上前だが、この女性患者は入棟時から五年くらいの間、隣のベッドにいた。見た目は恰幅の良いオバサンだが、たぶん、年齢は私よりニ三歳下ではないかと思う。
初対面の時に、この人に挨拶した瞬間に、ウルトラQ怪獣の「ガラモン」を思い出した。髪にパーマがかかっており、ギョロ目気味だったから、その怪獣を思い出したのかもしれん。
もちろん、相手は女性なので、そんなことは言えない。口には出せぬが、心の中で「ガラモンさん」と呼んでいた。同世代ではこの怪獣に好印象を持つ人が大半だと思うが、もちろん、悪口のつもりではない。
ガラモンさんは三年前に心停止を経験した。その時も隣のベッドに居たが、治療中に看護師や医師があたふたと集まり、救急搬送で病棟を出て行った。
数か月後に戻って来たが、「心筋梗塞で心不全に至り、バイパス手術を受けた」とのこと。専門病院に向かったが、そちらの病院に入るところで心停止に至ったらしい。
すぐに手術を受け、息を吹き返したのだが、ひと月は集中治療室にいた。
またこちらの病院に戻って来た時には、脇の下にペースメーカーが入っていた。
五年も隣にいたので、さすがツーカーで、親戚同様の感覚になっていた。
ご家族(息子さん)が病棟に来た時には、「いつもお母さんの隣で寝てます。週に三回は寝てますね」と下ネタ気味のジョークを言っていた。
そのガラモンさんは、一年くらい前に、「ひとつ置いた右隣」のベッドに移った。そこは壁際で、窓もあるから周囲への気兼ねが要らない。
隣のベッドではなくなっても、お菓子をやり取りしたり、土産物を渡したりと、交流が続いていた。
ところが、最近、ガラモンさんの顔を見掛けなくなった。
長らく私は朝の七時台に病棟に入り、三番目くらいに治療を受けて来たのだが、開始は九時だから一時間半は待たねばならない。九時近くに病棟に入ると待ち時間は三十分ほどだ。よって、なるべくぎりぎりに通院することにしたわけだが、このため、朝一番に病棟に入るガラモンさんと顔を合わせる機会が減った。朝は既にベッドで治療を受けているし、私の治療が終わる頃には、ガラモンさんは既に帰宅している。
病棟はオープンスペースにベッドが三十くらい並んでおり、医師と患者の会話が筒抜けだ。
周囲六七人の患者の状況を、皆が承知している。
今朝の問診で、医師が端のベッドに行き、女性患者と話をするのが聞こえた。
ガラモンさんのベッドなのだが、何だか様子がおかしい。
ガラモンさんの病状や暮らしぶりにそぐわぬ話をしている。
だが、医師が確認のために、その患者の名を口にすると、それはガラモンさんではなく別の患者の名だった。
「あれあれ。ガラモンさんがいないぞ」
どうしたのだろう。
転院するなら、必ず私にも挨拶をして去る筈で、それがまったく無かった。
心臓をペースメーカーで調整していたが、私よりも状態がよかったので、これまではガラモンさんに励まされる立場だった。
「もしや、また発症したのか」
腎臓の機能が落ちると、動脈硬化が著しいスピードで進む。また前と同じことが起きたのかもしれん。
そもそも、この病棟は「終末病棟」で、様々な病気を経て行きつくところだ。七十台でここに来れば、概ね数か月後には病棟からいなくなる。統計の数値とは違うが、本来の持病があり多臓器不全症で腎臓が悪くなり、死に至る時には「主たる死因」は元の病気になる。心臓の治療をすると腎臓が傷み、破壊されるのだが、その患者が亡くなった時には「腎臓病で死んだ」というカテゴリーには入らない。
日本人の人工透析患者は概ね三十万人だが、出入りはその何倍かで、ほとんどが「別の病気」で亡くなる。ま、年を取り、癌で死ななければ、多くの人が腎不全を経験する。
私は入棟時には三十番目くらいだったが、私より前に入った患者は、もはや数人だけしか残っていない。私より後に入った患者の方はさらに多くて、既に百人以上が病棟から消えている。
他病院に転院するケースはほとんどなく、病棟を出る先は入院病棟か火葬場だ。
こういう時に「あの人はどうしたのか?」とは聞き難い。
どうせ良い話ではないし、救急搬送で専門病院に移ったのなら、そもそもこちらの医師や看護師の手を離れており、行った先の状況を知らない。
また「誰かに重大な異変が起きた」話は、病棟内ではご法度だ。
まずは病棟のどこかに居るかどうかを確かめることだが、これは検査のシフト表を見れば確認出来る。
もしこの病棟に居れば、リストに名前が載るからだ。
今現在の患者は六十人程度だが、毎月数人の入れ替わりがある。
治療が終わると、更衣室に行き、すぐにそのリストを確認した。
今は眼疾があり、文字が良く読めぬので、スマホで撮影し、文字を拡大して見た。
やはりそこにはガラモンさんの名前がなかった。
オマケにひとつは名前をマジックで消してあった。
これは、今月の頭に張り出した後で、「検査の必要が無くなった」から消したものだ。
要は転院か、あるいはお陀仏ということ。
ま、こういうのは毎月幾つかあるから、日常の出来事なのだが、まさかガラモンさんも。
帰宅して、PCでさらに画像を拡大して見たが、それはガラモンさんの名前ではなかった。
ガラモンさんは、帰宅時に私に声を掛けえてくれることが多かったが、それが無くなったのが数か月前衛だから、病棟から去ったのは既に三か月は前だと思う。
また何か発症して、循環器の専門病院に移ったか、あるいは、今回はその治療が間に合わなかったかのいずれかだ。
ガラモンさんは「心停止クラブ」の会員ナンバー2号だ。
心停止中に様々な景色を観たが、その一部は私と同じだった。
心停止経験者は、滅多に見つからぬから、仲間を探すのは容易ではない。
また前回みたいに、ひょっこり帰って来てくれぬものか。
自分と似たような境遇の仲間がいることは、生き続ける励みになるのだが、この日はその支えひとつを失った。
ガラモンさんは、心停止の間に、他の多くのひとのように、「川」の前に立った。
その川は五六㍍ほどの幅の小さい流れだった。これも私と同じ。
向こう岸に親戚(故人)が立ち、「まだ来るな。戻れ」と返された、とのこと。
この時に、帰る道を間違えたり、戻るべき肉体が無かったりすると、進んで行くのは「死出の山路」しかなくなる。川はどこにいったのか場所が分からなくなっているのだ。
「死出の山路」の先にあるのは「幽界」で、この世とほとんど同じ景色だが、そこには有象無象の幽霊たちや化け物がいる。
注記)眼疾があり、推敲や校正をしません(出来ない)。表現に不首尾があると思います。